空ノウタ


9月25日 アベントゥーラな一日

いよいよ、金曜日。Nahuala市最後の小学校です。
この3日間、6時10分ごろ家を出て、30分発のバスに乗っていたんだけど、そのバスとも今日でお別れです。運転手さんも、お金を集めるおじさんも、最後は笑顔で挨拶してくれました。

Nahuala市の中心地について、コミュニティに行くためのトゥクトゥクを探す。このコミュニティは山の上にあるので、公共のミニバスも、ピックアップトラックも走っていないのです。
トゥクトゥクは3輪バイクで後ろに座席がついているものです。
てくてく歩いていたら、誰も乗っていないトゥクトゥクがあったので、10Q(130円くらい)で乗せてもらうことにしました。
お兄ちゃんは、どこから来たのか、自分も日本に行きたい。と言ったので、奨学金を取ったら??みたいな話をしながら、ものすごい山道を登りながら10分くらいで学校に着きました。

そして、学校に向けて歩き出し、帽子をかぶろうと思ったら、、、、

ない!!!

そうだ!!トゥくトゥクに忘れてきたんだ!! と気づき、振り向いても、そこにはトゥクトゥクはもういない。。。もう、帰ってしまったのです!!

この日、私は貴重品は斜め掛けのバックに入れて、アンケートや水、お土産や防止を手提げバックに入れていたのですが、トゥクトゥクに乗ったときに、あまりの山道で落ちたら困ると思って後ろの棚に置いたのですが、そのまま忘れて降りてしまったのです。

ま、とりあえず、中心地まで戻るしかない!!と思って、急いで歩いて山を下りました。
もし、バックが見つからなくても、メモリースティックにアンケートのファイルがあるから中心地で印刷とコピーをもう一回して戻ればいいや!!と思いながら、見つかるように心で祈りながら山を下る。

でも、山道ですれ違う人は私を見て笑い出す。
そうよね、こんな山の中で、チニータ(アジア系の顔をした女の子)が急いで山を下っていったら、誰も面白いと思うよねー。まるでマンガみたい。と思いながら下る。

トゥクトゥクでの記憶をたどると、赤いボディで、屋根の色は覚えていなくて、お兄ちゃんが黄色い上着を着ていたことくらい。。。ま、そんな貴重品も入っていないから黄色いお兄ちゃんが見つかれば大丈夫だろう。と思いつつ、最後、町に向かって坂を上っていたときに、目の前を黄色い服を着たトゥクトゥクが、町から村のほうへ走り去っていったのです。もしかしたらあれかもしれないし、違うかもしれない。屋根を見たら黒と黄色のカバーでした。きっと、お兄ちゃんは黄色が好きなんだ。と思いつつ、、
ここまで来たらマンガだわ。と思って、戻ってくるのを待つことにしました。
どきどきしながら、待つこと10分。戻ってきました!!そしたら、やっぱり、そのお兄ちゃんで、バック、忘れてるよーと言って、渡してくれて、また去っていきました。
無事に、アンケートも、お土産も、帽子も戻ってきて出直しです。
あぁ。本当に、忘れ物が多いと言うか、ちょっと気を抜くとなんかしでかすんだよね・・
すでに、これだけで一時間くらい経っちゃったけど、ま、しょうがないですね。

もう一度、小学校へ。
小学校へ近づくと、沢山のインディヘナのお母さんたちが学校の前に座っていて、なにやら不穏な雰囲気。ちょっと、どきどきしながら、学校に入ると、先生たちが中庭に集まっていました。
子どもたちは各教室で遊んでいる雰囲気です。
校長先生に、事情を話すと、校長室へ行こう!!大丈夫だから。ということで、
まずは校長先生と話すことにしました。
そしたら、この校長先生、実は、キチェ語の小学校の一年生用の教材を自分で作っていると言うのです。二言語教育に積極的に取り組んでる先生でした。コミュニティーのことも聞きながら、どうして、自分で教材を作ってまで取り組もうとしているのかを聞いたら、
最初は「キチェ語が好きだから」と言うことだったんだけど、もっと深く聞いていくうちに、いろいろ面白い話をしてくれました。
書くと長くなるから省略するけど、この先生が生まれる前におじいちゃんがお母さんに対して「あなたは、将来一人の息子を持つだろう。その子に○○と言う名前をつけなさい。その子には、これこれということを人生の中でして行くだろう。」と言われたそうです。
そして、お兄さんもいたんだけど、なぜか、この先生に○○と言う名前がつけられて、自分は、気づいてみたら、その言われた通りの人生を歩んできたんだよ。キチェ語の教育に貢献することは、その中の一つなのだそうです。
そして、キチェ語の教育だけじゃなくて、マヤの宇宙観やカレンダーについても、先生たちに聞かれたら教えてあげるそうです。そして、グアテマラ全国の二言語教育の講習会があるときには首都に呼ばれて話をしたり、マヤのお祈りをしたりするそうです。
そして、マヤのカレンダーで、今日は何の日か見てくれたら、Sabiduria(知識とか賢明さ)の日だそうです。ぴったりだねーーとか話しながら、子どもたちや教材についても話をしました。

そして、その後先生たちにアンケートを取ることに。
でも、教室を訪ねても、先生たちはいなくて、子どもたちは遊び回っています。
すると、じゃ、一人の先生を呼んで来るから!!といって、6年生の先生を呼んで来てくれました。
アンケートを書いてくれた後、隣に行っても誰もいない。
と言うことで、子どもたちと話していたら、また、校長先生が来て、こっちに先生たちが集まっているから、そこに来たらどうかと言ってくれて、台所まで行きました。
でも、そこに入ると、雰囲気が暗くて緊張しつつ、笑顔を作りつつ、なぜ自分が来たのか、アンケートをしたいことを伝えて、配っていきました。
でも、先生たちの表情は硬くって、アンケートを記入してもらっている間、胃が痛かったです。
ただでさえ、学校の先生って、自分が評価されるのって、そんなに好きじゃないと思う。教育って、口で言うほど簡単じゃないものだし、結果が出るまでに時間がかかるし、子どもの成長には学校だけでなく家庭環境も大きく影響している。グアテマラの先生たちも、自分の授業も試行錯誤しながらやっていると思うんだよね。そんなところに、へんな日本人の女の子が来て、調査したいって言われたら、やっぱり、嫌な気持ちがしてもしょうがないと思う。しかも、調べていくうちにわかったけど、二言語教育は、先生たちにとっても、痛い分野なんだよね。自分が話すことができても、教えることはとても難しい。そんなテーマについてのアンケートだって言われたら、嫌な気持ちがしてもしょうがない。私も、そんな先生たちの気持ちが想像つくだけに、自分も心が痛くなる。いっそのこと、自分が無神経な人になったほうが、人生楽なんじゃないかって思うこともしばしば。でも、やっぱり、相手の気持ちを考えちゃうんだよね。そう思う度に、この分野は自分は向いていないんじゃないかと思ってしまう。マヤのことや、マヤの人たちのこと、二言語教育のこと、内戦のこと、それらに触れたくなかったのは、それらの分野が繊細だから、そして奥が深いってことに気づいていたからだと思う。
でも、はじめちゃったし、ここまできたから、とりあえず、今回は最後まで頑張ろうと思う。

頑張って笑顔を作って、学校を後にする。
もう、コミュニティーの他の人たちを話す元気はなかったので、中心地に戻って、教育委員会の先生に挨拶してから、家へ戻ることにした。

うまい具合に、トゥクトゥクが見つかって、もう、歩いて山を降りなくてすんだ。
そして、教育委員会のところへ。
おじさんと話して、3日間のお礼を言って、教材の話や、教育の話をする。
すると、「最初の学校のサルバドールという先生とは話はできたか?」と聞かれる。
実は、この先生、2日前に学校に行ったときには丁度お休みを取っていて、アンケートも取れなかったし、話もできなかったのだ。それを言うと、「この先生は、自分で教材を作って出版もしているから、是非話をしたらいいよ。」と言われたので、最後にもう一回訪ねることにした。

教育委員会を出て、中心地の小学校へ。
校長先生に挨拶をして、その先生のクラスに行って、事情を話して、5分だけ話をしたいから、授業が終わるまで待ってるね。と言うと、ちょっと、不機嫌な顔をしながら、じゃ、子どもたちに課題を出すから、それからちょっとだけ話そう。と言われて外で待っていた。
すると、出てきてくれて、話を始める。
私が、そんなに悪い意図を持っていないってわかってくれたらしくて、途中から気持ちも変わったらしく、いろいろ話をしてくれた。そして、出版された本が欲しいって言うと、じゃ、授業が全部終わったら、家へ行こう!!と言ってくれたので、そうすることにした。外で待ちながら、話の内容をメモしていた。

そして、授業が終わって、先生が出てくる。
そのまま学校の外へ。4人の担当のクラスの二年生の女の子たちも途中まで一緒に帰る。みんな、先生が好きみたいで、すごくかわいかった。

そのままお家へ。そして、お昼ご飯も招待してくれました。
家族のこと、マヤの文化のこと、いろいろ、色ーーんなはなしが聞けて面白かったです。こんなことなら、協力隊のときから、もうちょっと興味持って見ておけばよかったと思ったのでした。

そして、家へ。今日は、Xelaという県の村で看護師さんとして働いている友達が遊びに来てくれる日なのです。
途中から雨が降ってきたので、彼女が雨にぬれないように!!と思いながら。
家に帰って、荷物を置いて、整理していたら、もうすぐ着きそうとの電話が。
そして、外に出ると、雨は一旦やんでくれました。

ソロラ市までバスで行って再会。豆乳アイスを食べ、いろんな話をしながら。家へ帰りました。もう、その日は雨も降ってきたので家でずっといろんな話をしていました。
彼女はマヤの村に住んでいて、マヤのお家にホームステイしているので、仕事の話も含め、すごく面白かったです。久しぶりに、ビールも飲んだよ。
グアテマラに来てから緊張のしっぱなしで、朝も早いから、ビール飲む気にもならなかったけど、学校の訪問も3分の2が終わり、一番大変な地域も今日で終わったのでちょっと、一安心です。

Adventure 。 
アドベンチャー 。

スペイン語で、Aventura (アベントゥーラ) と言います。
ちょっと、聞いた感じ、アドベンチャーよりも間抜けでしょ??(笑)

今日、一日は、Adventure と言うより、アベントゥーラな一日だったわ。
と、一日を振り返って、思い出し笑いするのでした。
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# by fujika0316 | 2009-09-28 06:17 | グアテマラ


24日

今日は、Nahuala2つ目の学校へ。
昨日と同じバスに乗って、歩いて、町の中心地に着いたら、今日は市場の日だったので沢山の人でにぎわっていました。
今日は更にそこからミニバスに乗っていくんだけど、おかげで、すぐにバスに乗れました。
いわれた場所で降りたら、本当に山の中。
一体、どのくらい歩くんだろうと思ったら、5分くらいで学校が見えてきました。
良かったー。
そして、学校に着くと、幼稚園児くらいの女の子が4人くらい座っていて、校長室どこ?って聞いたら、こっちだよーって言って、両手を引いて二階まで案内してくれました。かわいかったー。
やっぱり、田舎の子の方がすれていなくて、素直でかわいいです。
校長先生は、5・6年生の担任の先生でもあるので、授業をしていました。
そして、おやつの時間に、先生たちに二言語教育のアンケートを取らせて欲しいんだーっていうと、「もちろんいいよ!!教室に入って、それまで授業を見てみる?」と言っていただいたので、授業を見ることにしました。

授業は理科の授業で五感と、その器官の衛生についてってことだったんだけど、
授業は、スペイン語とキチェ語の両方で行われていました。
後で先生と話していたんだけど、そっちのほうが、子どもたちの理解がいいんだ!ということでした。
その後、二言語教育や、コミュニティーについて話をしていたんだけど、
ここは、コミュニティーの人がほとんどスペイン語を話せないので、学校には、子どもたちにはキチェ語も教えて欲しいと言っているということでした。なかには、ほとんどスペイン語に触れずに人生を終える人もいるそうです。

ここは本当に山の中、とうもろこしを育てながら生活をしているのです。
だから、市場にも縁することのない人は、本当にスペイン語を使わない生活をしているそうです。だから、学校には、スペイン語も教えて欲しいけど、キチェ語も教えて欲しいと思っているそうです。

でも、中には小学校6年間、全部キチェ語の学校もあるけれど、そういう学校で学んだ子どもたちは、中学校に入ったら、恥ずかしがってスペイン語が上達しないと言っていました。だから、二言語教育が大事だと校長先生は思っているそうです。

あ、これが、Rural areaの保護者の考えなんだなーと、参考になりました。
今日は、3人の先生しかアンケートができなかったんだけど、昨日と違って、他の先生たちとも話しをすることができたので良かったです。

帰りのバスで、この地域の保護者と一緒になったので、話をしていたんだけど、
30代のお父さんは、自分はちょっと前に学校でスペイン語を習ったから話せるようになったけど、それまでは話せなかった。子どもたちには、学校で勉強してスペイン語を話せるようになって欲しいと言っていました。

最後に、市場でアボガドと、まきに火をつけるための木を買ったんだけど、
その木を買った後に、しわくちゃのおばあちゃんが私の手を握ってにこって笑ってくれました。日に焼けて、大分黒くなった私の手だけど、それでも、おばあちゃんたちに比べたら白くって、そんな手を握りたかったおばあちゃん。
子どもたちも、私の手をきれいって言って握ってきました。
ここは、寒い地域だけど、山の中で標高2000m以上もあるから、太陽の光が強くって、すぐに焼けてしまいます。そんな中で、みんな生きてるんだなーって思ったのでした。

後残り、4つの学校。あーー。あっという間。
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# by fujika0316 | 2009-09-27 05:50 | グアテマラ


23日 木曜日

今日から3日間は、Nahualaという、今居るところから、バスで1時間半くらい行ったところにある町で、キチェという言語を話す地域に行きます。
ここのウィピルという民族衣装がかわいいことで有名です。
今日は、町の中心地にある学校で、明日・明後日はコミュニティのところにある学校に行きます。

朝、6時半のバスに乗って現地へ。教育委員会の担当の人との約束は8時から8時半くらい。だったんだけど、早く着き過ぎたので、公園でバナナを食べていました。
そして、時間になったので事務所に行って、でも、まだ来ていなかったので折り紙折りながら待っていました。
そして、久しぶりの再会です。
事務所に行くと、パソコンやプリンターがそろっていたので、「どうしたの?」と聞くと、市の方が支援してくれているんだよ。教育省は、今年に入って500枚の紙しかくれなかったよ。と。ま、それは冗談だと思うけど、市の方が教育を支援するのはいいことだと思いつつ、教育に力を入れるところと入れないところで差が出てくるだろうなと感じながら。村の簡単な地図ももらって、小学校へ。

今日はUeban Areaの小学校なので、歩いてすぐです。
小学校について、校長室に挨拶へ。がんがん音楽がかかっていて、副校長先生が「こっちのほうがやる気が出るんだよ」とにっこり(笑)さすがです。
そして、校長先生を呼んで来てくれました。校長先生は、普段の服に男性用のウィピルを来て登場。いろいろ話をしました。
この学校は、幼稚園も入れて30学級、子どもの数が900人以上いる学校です。

校長先生とは、コミュニティのこと、二言語教育のこと、教材のこと、Maya語の文法のこと、いろいろお話しました。
そして、アンケートをしに、学級を訪ねたいんだ。というと、11時半から会議があるから、その時に一緒にアンケートをしたらどうかと提案してくれました。
なので、それまでは、学級の様子を見に行くことに。
でも、様子を見に行くといっても、変な日本人の私がいるだけで、子どもが気になってしまってかえって邪魔になります。申し訳ない。

休み時間には、寄ってきた子どもたちと話をしました。
その時に、名前は?とか、「学校」って、キチェ語で何ていうの??
って言う会話をしたんだけど、「お母さん」とか、「車」とかはすぐに出てくるんだけど、
「勉強する」「書く」となると、子どもたちが顔を見合わせちゃうんだよね。
これは、キチェ語を子どもたちが話せるといっても、家やコミュニティでの会話で使う程度であること。つまり、普段使う単語はわかるけど、普段使わない単語はキチェ語でもわからないっていうことなんだよね。だから、学校の先生が、子どもたちが授業を理解するために、「会話」が必要だって答えている人がいるんだけど、これは、子どもたちは会話自体も、そこまでレベルが高いわけではないっていうことなんだよね。

その後、11時半から会議が。
始まってから、最初にどうぞって言われて、話してアンケートを配ったんだけど、それと同時に、2人の女の先生が出て行ってしまった。これは、もしかして、アンケートが嫌だったのか。 でも、気にしていてもしょうがないので、残った先生たちがアンケートを書きながら質問に答える。
最初は、すごく硬い雰囲気が流れていて胃が痛かったんだけど、優しい先生もいて、終わった人から折鶴を渡していったら、最後には無事に終えることができました。

実は、隊員だったときに、この地域で講習会をしようとしたら、先生たちはそろっているのにボイコット?というか、ストライキ?されたことがある。
そのくらい、この地域はちょっと難しいんだよね。
もしかしたら、そんな先生たちの性格を知っている校長先生が、人数も多いし、他に伝えたいこともあるから職員会議を開こう!と思ってくれたのかもしれない。
そんな心遣いに感謝しながら。。。。。

その後、帰ったんだけど、さすがに疲れた一日でした。
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# by fujika0316 | 2009-09-27 05:49 | 近況


22日火曜日 サン・ルーカス・トリマン市の小学校



今日は、サン・ルーカス・トリマン市の小学校を訪ねてきました。
朝6時に家を出て、バスを2回乗り換えて、1時間半掛けて、湖の反対側までやってきたよ。バスの中ではお礼の鶴をひたすら折ってました。

ここは、隊員のときも、講習会でよく来た思い出のところ。
ちょっと早くついたので、公園の前のフレッシュオレンジジュース屋さんで、ジュースを飲みながら、売っているお姉ちゃんと話しをする。
彼女は、ウィピルというインディヘナの人たちが着る服を着ているんだけど、
なんと、カクチケル語を話せないそうで、どうして?って聞いたら、家ではカクチケル語を話してないし、学校でも習わなかったから。ということでした。
あー。って、今こうして思い出していると、もっと、聞きたかったことが出てくる。自分の甘さを感じつつ・・・。
そのまま、結婚観について聞いてみた。だって、違う言語同士の人が結婚したら、家の中では何の言語を話すんだろう??スペイン語?って言う疑問があるでしょ?
そしたら、別に自分の村にはこだわっていないし、ここに住み続けたいとも、他の町に行きたいとのこだわりもあるわけじゃない。いい人がいたら、結婚するよ。ということでした。

そして、8時近くなったので、教育委員会のおじさんの事務所に行って、秘書のビクトルに挨拶。ビクトルは、一緒に火山に登ったことのある、本当にいいおじさんで、懐かしい再会でした。また、次来たら、火山に登ろうね!!って言ってくれました。
そして、小学校へ。

まず、校長先生に挨拶。そして、そのまま紙を書いてもらって、アンケートにも答えてもらって、インタビューもしちゃいました。
校長先生の意見としては、
コミュニティーは、学校に対して、「スペイン語を教えてくれ」とも、「カクチケル(マヤの言語)を教えてくれ」とも要求するわけじゃなくて、学校を尊重してくれている。どちらかというと授業の内容は、学習指導要領に沿っている。ということでした。
後は、コミュニティと行うときのイベントについての話にもなりました。どんなことをしているのか、何の言語でしているのか、等々
それと、教育省の内容は、言語のみに集中しているけど、マヤの宇宙観とか、哲学とか、そういったことを教えていないから問題だと思う。それに、先生たち自身もどうやって教えていいのか、わかっていないんだ。ということでした。
後は、この8月に出たという、二言語教育に関する文書ももらうことができました!!

そして、この学校と、金曜日にいった学校との大きな違いは、「メスティソの先生がいる」ということでした。前の学校は、100%インディヘナの先生でした。そして、ここでの課題はメスティソの先生はマヤの言語を教えていないし、マヤの先生と授業を交換することもしていないということでした。
私の元カウンターパートとその旦那さんは、マヤの言語の授業のときは、インディヘナの先生と授業を交換しているとのことでしたが、ここではそういうことはしていないそうです。
その後、アンケートを配って回収したときの反応もそうだったんだけど、メスティソの先生は一貫して、「私は授業をしていないし、マヤの言語もわからないから!!」という人が多かったです。でも、そうだよね。。。そんな様子が見られて良かったです。

でも、ある先生が、授業を見てみたいかということで、3年生のクラスで授業を見せてくれました。なんか、最初にマヤの言語の歌をみんなで歌った後に、グレープフルーツみたいなのを作って、その中に「冠詞」と書いてあって、マヤの言語と、スペイン語の冠詞の違い、特にスペイン語の冠詞には、女性名詞用と男性名詞用があるんだけど、そのあたりの違いについて説明していました。

ついでに報告すると、最後にアンケートを書いてくれた先生が、私が隊員の時に始めた環境委員会で、今でも活動してくれているらしくて、覚えてるよーーって言ってくれたことがちょっと嬉しかったです。
もちろん、あの時にはじめたことで、残っていることは少しだろうとは思っていたけど、小さな種だったけど、でも、残っていることもあって、ちょっと嬉しかったです。

その後は、コミュニティの様子を観察しに一回り。
井戸端会議しているおばちゃんたちに挨拶したけど、会話には発展しなくって、
その後、赤ちゃんの手を引いていたお姉ちゃんと立ち話しました。
ここの主な経済はとうもろこしの生産と、コーヒー農場で働くことだそうです。コミュニティはみんなマヤの人だけど、サンルーカスの町にも近いからスペイン語に触れる機会もあるということでした。
小さいお店で、買い物をしつつ、会話を!!って思ったけど、あんまり、おねえちゃん、話してくれませんでした。
家は、大きい家もあれば、ぼろぼろの家もあって。
でも大きい家にはテレビなんかもありそうでした。

この辺の具体的は調査方法とかも、もっと勉強しとけばよかったーー。と思うのでした。

その後は、市場で天然の蜂蜜やら、カモミールやら、野菜やらを買って帰りました。


アンケートの結果まとめに、インタビューの文章起こしに、時間がいくらあっても足りないよう。
明日からは、いよいよ、Nahualaという、ちょっと閉鎖的な地域へ行きます、
緊張するーーー
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# by fujika0316 | 2009-09-24 08:39 | グアテマラ


首都でのインタビュー(21日)


そして、月曜日、教育省の中にある、JICAの算数プロジェクトの事務所でインタビューしました。
最初の私の仮定が、コミュニティの意見や考え方によって、言語教育に特徴が現れるということだったんだけど、金曜日に、小学校を訪ねて話をしたり、アンケートの結果を見ていくうちに、実は、コミュニティよりも、日本で言うところの学習指導要領のほうが影響力を持っているのではないか?? ということ、
そして、マヤの言語自体が持っている特徴、つまり、
・会話が中心で、その言語を使っている人(大人)も、書いたり読んだりすることは少ない
・文法を、文法として、しっかり学んでいる人が少ないということ、
・子どもたちも、家で、会話には触れているけど、マヤ語での出版物が極端に少ないため、小学校に入って始めて文字に触れる子も多い。だから、小学校の低学年では、書くことが中心に勉強されている。

その辺りと学校教育についていろいろ聞いてみようと思って、質問リストを作りました。
でも、やっぱり、行く前は緊張したよーー

事務所につくと、前よりもすごく大きくなっていてすごいなって思いました。
そして、最初にその算数プロジェクトの担当の方とお話を。
平和協定のことから、その、学習指導要領ができるまでの話を中心に話してくれました。
そうするうちに、二言語教育の担当の方がこられてバトンタッチ。
二言語教育担当の方は、その方の卒業論文も二言語教育だったそうで、いろいろ熱く語ってくださいました。
言語自体が持っていること、
彼が受けてきた教育のこと、
今、取り組んでいることや先生たちが持っているであろう問題。
教育省としても、マヤの言語を話せる先生には、証書を渡して、その分給料もアップしているそうです。でも、もちろん、そのお金をもらっていても授業を実際にしていないこともあるんだけどね。後は、アイデンティティの話にもなりました。言語とアイデンティティはすごく関係があって、こちらのほうが深刻だっている話でした。

その方は、経済的に言語を学ぶことと、テストの結果や進学率、そのインパクト等を5年掛けて見たそうです。
そんな話を聞いていると、自分がやっている調査って、本当に卵というか、これで調査と呼んでいいのか・・・。と、すごく思ったよ。テストの結果も見たらいいよ!ってアドバイスもいただいたんだけど、テストの結果が出るのが10月末らしくて。。今回は手に入らなさそうです。
なんか、こうやって、首都に来てその道のエキスパート的な人と話していると、グアテマラ人で、その現地の言葉もわかる人が、現地に住みながらやる調査のほうが、よっぽど内容が深いものなんじゃないかと思いながら。。。なんか、いろいろ考えてしまいました。本当は、現地の大学とかにも行って情報を集めたほうがいいんだけど、、、1日まで小学校を訪ねて、2日に首都に移動というか引越ししなきゃだから、間に合うかどうか・・・。

でも、ここまで来ちゃったので、とにかく最後までやるしかないよねー。
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# by fujika0316 | 2009-09-24 08:39 | グアテマラ


週末は(20日)


この週末は、日曜日に首都に行って、月曜日に教育省に行って、算数プロジェクトで働かれている方と、その方が紹介してくださった、二言語教育の方にインタビューしてきました☆

1週間ぶりに首都に行くのに、もっと時間が経ったような気がして、本当に早かった1週間だったなと思いながら。いつもお世話になっているところについたら、友達がアメリカにいる妹とスカイプをつなげてくれて、1時間も話してしまったよ。
みんな、みんな、いろいろ悩みながら、自分の場所で頑張って生きてるんだなって思ったよ。心から、妹のこと応援してます。大丈夫!!

グアテマラに来てというか、最初にカンボジアに行ったときから感じていること。
きっと、発展途上国と呼ばれる国に行ったことのある人も、ない人も、感じるであるだろうこと。
「どうして、自分は、自分という人間として、この時に、この場所に生まれてきたんだろう。どうして、生まれてきた場所や時間が違うだけで、こんなに人生が変わってしまうんだろう??ということ。」
やっぱり、今回も、自分は、大学院で学んでいるっていうだけで、本当に幸せなことなんだなって心から思ったよ。もちろん、お金はないし、大変なことも、苦労も沢山ある。でも、自分で、自分の人生を選んで、人に迷惑を掛けていないっていうだけで、やっぱり、それ自体贅沢なんだなって思った。
私が生まれた1982年あたりは、グアテマラで一番虐殺が行われていたとき。同じ日に、グアテマラに生まれていたら、私は、生きていないかもしれない。
2005年、協力隊でソロラに来て3ヶ月目の10月、ハリケーンで起きた土砂崩れで、一つの村が土砂の中に埋もれてしまった。そこで亡くなった何百人もの人たち。
1週間後、そこに自分が立って、本当にショックだった。何で、この人たちは亡くなって、自分は生きているんだろうって思った。

でも、自分は、自分として、1982年3月16日に日本に生まれた。そして、今も生きている。それが、最初の事実であり、真実なんだよね。だから、そこから出発して、自分として生きてくしかないと思うんだ。精一杯。それが、生きたくても、生きれなかった人の分も生きるってことなのかもしれない。
運命って、絶対にあると思う。ある意味、自分が自分に生まれたことを一種の運命と呼ぶのかもしれない。でも、その生まれた環境や状況に流されるんじゃなくて、それを使命に変えて、一生懸命前に進んでいくことが、人間にはできると思う。自分が成長した分、出会う人、気が合う人が変わっていく。そうやって、沢山のいろんなステキな人に出会って、刺激を受けていくことが人生を豊かにすることだと思う。
私が、幸せだなって思うことは、いろんなところで、世代を超えて、本当にステキだなって思える方々と出会えたことだと思う。そのチャンスを感謝に変えて、自分のエネルギーにしていきたい。

人と比べたり、他の人にあこがれたりしても、絶対にその人にはなれない。
自分として、背伸びせず、そのまんま、生きて、目の前の人や、周りの友達を大切にするしかできないんだよね。きっと。
だから、まずは、ここにいる10月4日までは精一杯できることをしようと思います。
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# by fujika0316 | 2009-09-24 08:38 | グアテマラ


新しい家族が増えても(19日)

私がソロラの中で一番大好きな友達がいる。
それが、2人目のカウンターパート、エステルという30代前半の小学校の先生。
2006年の一年間一緒に働いたんだけど、私のスペイン語も教えてくれて、
グアテマラの文化も教えてくれて、本当に彼女がいたから2年間やってこれた。

そんな彼女に新しい家族が増えた。
そう、1年前に赤ちゃんが生まれたのだ。男の子。3人目の子どもです。
そんな彼女がお昼に招待してくれたので、手作りプリンを持って行ってきた。
グアテマラ料理のペピアンという料理を作って待っていてくれました。

赤ちゃんが本当にかわいくて、最初は人見知りしていたんだけど、だんだん慣れてくれました。彼女は本当にいい性格をしているので、子どもたちものびのび育っている。
赤ちゃんも笑うと本当にかわいいんだよねーー
新しい家族が増えても、この家族と一緒にいると本当に落ち着きます。

前に来たときは、アンケートのスペイン語を見てもらったので、ゆっくり話せなかったんだけど、今日は、いろーーんな話をしました。
赤ちゃんが生まれたときの話、彼女のお父さんがなくなったときの話、事務所の話や、新年に起きた悲しい事件、今年、グアテマラは雨が降らなくて主食のとうもろこしが育っていない。そんな話等々、いろいろ話しました。

そして、落ち着いた後に、またアンケートをチェックしてもらいました。
また、これで来週試してみようと思います。そのまま、教育の話へ。
二言語教育のことはもちろん、教員研修のこと、給料のこと、教育政策のこと、
いろいろ聞きました。

まず、教員研修は、「教員研修に参加すると、年度末の評価が上がって、給料アップにつながる」という文書があるんだけど、実際には、教育省としては、教員の給料を上げたくないから(お金がないから)研修に参加しても、その証書を評価後に渡して、結局評価のアップにもつながらなかったり、4つか、5つ位参加しないと、評価につながらないけど、そんなに小学校を休んで研修に参加することは、保護者が許さなかったり。という状況だそうです。
私、このテーマを選んでいたら、もっと違った物になってたなぁと思いました。二言語教育にして良かったーー。やっぱり、指導教諭の先生ってすごいなぁとしみじみ思いました。


以前、よく行われていた、教員のストライキは、今あるの?と聞いたら、去年、ある紙に、全員サインするように!!といわれてサインしたら、サインした後に「ストライキに参加したら、給料が下がる(もしくはもらえない)」という内容の紙だったらしくて、それ以来ストライキは行われていないということです。
これって、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 とおもいつつ、
これがグアテマラです。

後は、今年に入って政府が「保護者は学校に、お金を全く払わなくていい。教育は無償で提供されるべきだから。もし、学校がお金を取ることがあったら、地域でActaを書いてもいい。(Actaを書くってことのうまい日本語がわからない・・・。なんか、表明書??見たいな物を書くということです)」と表明したんだけど、実際には、その分のお金が小学校に届かないから、先生たちが困っている。でも、未来の学校・開かれた学校という、週末に開かれる学校があるんだけど、それには、参加しただけでお昼ご飯がもらえる。その分のお金は出るのに、普段の小学校に予算がつかないのはおかしいと思うというようなことを話してくれました。
そんな話をしながら、夕方にはお家に帰りました。
また、日本へ帰る前に、遊びに来ようと思います。

今年は本当に雨が降っていないみたいで、グアテマラの東の暑い地域のでは、飢餓で子どもたちが亡くなっているそうです。今日の新聞にも、今年は東の地域のZacapa県やEl progreso県のとうもろこしとフリホーレスという豆の収穫第1期の90%が育たず、全国では34,000トンの食糧が失われるだろうと予想されています。21市の2500万の人々に影響が出るだろうということでした。でも、今年の収穫が悪かったということは、この影響は来年に深刻に出る。すでに、トマト等の野菜の値段が上がっているそうです。一番深刻なのは、貨幣の経済活動にあまり参加していない自作農家の家族が、自分たちの畑では収穫ができなかったので、市場で買おうとしても、いつもより、値段が上がってしまうために、全くご飯が食べれなくなるという状況が起きうるということです。この影響は、じわじわと出てくるでしょう。もし、これが、先進国によって進められてきた温暖化の影響だったら。。でも、ヨーロッパや、他のラテンアメリカからの食糧援助がすでに決まっているそうです。
本当に、現場にいると、日本にいたらわからないことを、いろいろ感じます。
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# by fujika0316 | 2009-09-24 08:37 | グアテマラ


18日のことと、修士論文のこと。

ついに行ってきました!!2つの小学校へ

もちろん、すごく疲れたし、難しかったーーーー。
いろいろアンケートの問題点も見つかり、この週末、いろいろ考える必要があります。
でも、とにかくやるしかない。1日まで。
やっぱり、一人で調査をするということは、誰も相談する人が近くにいないので孤独です。本当にこれであっているのか、リサーチクエスチョンの焦点、アンケートの内容、アンケートの方法、インタビューの仕方。悩むことだらけです。
小学校にたどり着くまではいろんな人が助けてくれたし協力隊のときに学んできたことでカバーしたけど、どう調査するかは、全部自分次第。そのプレッシャーや、本当にこれからデータを取っていってちゃんと結果が出るのか。何度も、何度も自分に問いかけながら。葛藤しながらです。

ちょっと、今日は一体何を自分が調べようとしているのか、今日見つかった課題を自分のためにも整理しようと思います。あ、絶対長くなってしまいます。ごめんなさい。

って、本当に長くなったので、3つに分けて書きます。
1、今調べている分野・テーマについて
2、具体的に、調査しようとしていること、リサーチクエスチョンについて
3、今の課題

まず、自分が何を見たいのかということについて。

実は、最初は教員研修を見ようとしていた。
でも、グアテマラの教育のことや、歴史、内戦のこととその背景、それが終結したときの平和協定、その項目、今の教育政策、そして、自分が2年間感じてきたこと。

それらを見てきたときに、”教員研修”というテーマを取ってみても、“教員評価”というテーマに変えてみたとしても、必ず出てくる要素がある。それが、先住民族、グアテマラで言うところのインディヘナのことなのです。2002年の時点でグアテマラの先住民族の割合は国全体で、40%ソロラ県に関しては90%を超えている。つまり、普通の日本人が持っている先住民族=少数 という感じではない。でも、その先住民族の中でも3つの民族があって、その中のMayaは更に21ものグループに分かれていて、それぞれの言語を使用している。ソロラ県においては、3つのグループ(カクチケル、ツトゥヒル、キチェ)に別れているのです。
国民の40%も占めていたら、いろんなところで配慮されていても当たり前と言ったら、本当に当たり前なんだけど、私は、実はぎりぎりまでそこには触れないでおこうと思っていたのだ。その理由は、協力隊時代の2年間にあるんだけどね。長くなるので、またいつか。

でも、例えば、教育の中でも“教員研修”でくくってみて、グアテマラにどんな影響?というか、現象?というか(うまい日本語がわからない。。)があるのか。最初は、教員研修に参加すると、その分、教員の評価が高くなることが教員の研修に参加するインセンティブにつながっているんじゃないか?という仮定の下、教員の評価方法を見てみると、実は、二言語話せることがより良い評価につながっていたりするのです。そうして葛藤している中で、指導教員の先生が時間を取ってくださっていて、いろいろ対話をする中で、二言語をテーマにしたほうが、いいんじゃないか??ということになったのです。

修士論文は、自分が知りたいことを調べるべきだ。と言われたこともある。
確かにそうだと思う。自分が興味がないことは本当に調べられないと思う。
でも、グアテマラという全く異なる文化の国・文脈の違う社会の中で、自分という外部の人間が、自分の興味があるテーマのめがねを掛けて見てみると、実はその社会に存在している大きな要素を見落としてしまって、何かを見れたようで自分の我見で判ったつもりになってしまうこともあると思う。
教員研修は、自分が大事だと思っているテーマだけど、グアテマラという国、社会、教育、教員の質、小学校レベル、教員研修、と考えていったときに、自分は、教員研修の前に、グアテマラの小学校における現状を本当に理解しているのか??
という疑問になったのです。
だから、一旦、教員研修からちょっと離れてグアテマラの、自分がいたソロラ県という場所の教育を理解するのに絶対通らなきゃいけない二言語を見てみようとすんなり納得したのです。
ここから、次へつなげていけるのかは、正直、今の私にはわからない。けれど、でも、また、現地に来て、いろんな人と話したり、もう一度いろんな文献を読んだりしていくうちに、あ、やっぱり、このテーマは大事だと思ったのです。

日本に帰ってきてから小学校で働いていたときに、在日外国人の子どもたちに日本語を教えたり、彼らが日本の学校に適応する手助けをしたりする教室でちょっとだけ働いていた。その仕事は私にとって、とても面白かった。なぜなら、彼らは、言語さえできれば、学力を伸ばすことができるから。逆に、言語ができないせいで、他の子どもたちより、悔しい思いや、やりきれない思いをしていたりする。逆に、人の優しさを感じることもあるかもしれない。でも、やっぱり、言語って人間として生きていく中ですごく大事なんだよね。

それが、グアテマラでは、同じ国で、同じ国民同士で、言語を通して矛盾や差別が存在してしまっているのだ。例えば、学校教育を受けることができなかったおばあちゃんと、スペイン語を話せるお姉ちゃんが、市場で、隣同士でジャガイモを売っていたとする。
そこに、例えば外国人である私がジャガイモを買おうとしたときに、言語の通じないおばあちゃんがどんなに立派なジャガイモを売っていても、値段がわからないために買いたくても買えないから、隣のお姉ちゃんからジャガイモを買う。こんな良くあるケースが重なると、やっぱり、スペイン語が話せないせいで、おばあちゃんは経済活動の機会がお姉ちゃんより減ってしまうのだ。
目の前で、お客を奪われていく経験をしているおばあちゃんが、自分はスペイン語が話せないせいで悔しい思いをしたから、孫に「学校に行って、ちゃんと勉強するんだよ!!」と言い、学校の先生に、「マヤの言語は家で話しているから、スペイン語を教えて欲しい」と頼む。こんなケースは容易に想像がつくのです。そういった現象が、本当に起きているのか、起きていないのか。起きているとしたら、どのように学校の教育に影響を与えているのか。を見ることも必要だし、
同時に、学校で、先生たちがどのようにマヤの言語を捉え、教えているのか、何を必要としているのかも見る必要がある。本当に、「スペイン語のほうが大事だから、マヤの言語を教える必要はない」と思っているのか、それとも「母語がしっかりできていないとスペイン語も話せるようにならないから、最初に母語であるマヤの言語を教えないといけない」と思っているのか。いろんなケースが考えられるのです。日本だって、英語を離せなくて苦労した親が、子どもを塾に入れるケースがあるでしょ??そんなような二言語教育の現状を、グアテマラ共和国のソロラ県ではどうなっているのか見てみよう。と言うことが修士論文のテーマなのです。
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# by fujika0316 | 2009-09-21 13:05 | グアテマラ


2

それで、更に、もっと具体的に何を調査するのかについても、整理してみたいと思う。

実は、グアテマラに来るまでは、「二言語教育」に対する考えや取り組みは、マヤの先生とメスティソの先生で違うだろうから、それを見よう!と思っていたんだけど、実際にソロラまで来て人と話していくうちに、「実は、同じマヤの先生や、マヤの人たちの中でも二言語教育に対する考え方に違いがある」と言うことに気づいたのです。しかも、実際にマヤの言語を話すことができないメスティソの先生が、実際にマヤの言語を学校で教えているとはとても考えられない。ので、そこを見るよりも、まずはマヤの先生同士の間にどんな違いがあるのか見てみようと思って、ターゲットを更に絞りました。
更に、以前は2言語教育と言っても、マヤの先生は母語とスペイン語ができればいいから、習得に困難はないけれど、逆に、メスティソの先生は、スペイン語から更に英語かマヤの言語を習得しないとならないから、困難度が増す。だから、メスティソの先生の二言語教育に対する不満みたいなものと見ようと思っていたんだけど、、、実際にグアテマラに来てから、「マヤの先生による、マヤの言語の教育自体も、そんなに充実していないのではないか。もしくは、先に述べたコミュニティーからのプレッシャー等によって、実は、マヤの先生自体もスペイン語教育のほうに力を入れざるを得ない状況ではないのか??」という疑問がわいてきたので、その辺に絞ることにしました。つまり、「グアテマラの小学校において、マヤの先生による、マヤの言語教育は、実際にはどういう状況にあるのか?」ということをまず見てみようと思ったのです。
しかも、前に述べたコミュニティとの関係は、地域によって差があるだろうと言うことで、Urban, Rural Remote Turisticの地域ごとに学校を訪ねて、傾向性を見てみようと言うことになりました。そんなところを、教育省県事務所のおじさんと話していたときに、「丁度、ソロラ県は3つの言語があるけれど、それぞれ、その4つの地域に分かれているから、その3つの言語の地域を訪ねたらどうか」ということで、3つの言語の地域から、3つずつ学校を選んでリストを作ってもらったのです。

それで、アンケートを作りながら、きっと、言語教育に対する取り組み方は、学年によっても違うだろうし、経験によっても違うし、言語自体に対するの考え方によっても違うだろうってことで、作ってみたんだけど、あーー。今日やってみたけど、やっぱり難しいねーー。
ま、それはまた次に。

だから、リサーチクエスチョンとしては、ソロラ県の小学校において、マヤの先生たちによるマヤ言語の教育はどのように取り組まれているのか? で、サブリサーチクエスチョンズが、1、地域やコミュニティーによってどのような傾向性があるのか、取り組み方に違いがあるのか? 2、担当している学年によって、言語教育の取り組み方にどのような違いがあるのか? 3、言語に対する考え方の違いは、マヤ語の教育に影響を与えているのか? 

といったところかなと思っています。まだ、これから変更が出てくるかもしれないけどね。調査の方法は教育省県事務所が選別した3つの言語の地域、9つの小学校の先生たちにアンケートを配って、校長先生(及び、できたら他の先生にも)にインタビューを行うこと。できたら授業も見学させてもらいたい・・・。 と、政府や教育省が発行した文書等をチェックしていくことです。

あー。って、書くのは簡単だけどね、実際にやるのはね、大変だよね。言語って恐ろしい・・・。
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# by fujika0316 | 2009-09-20 02:56 | グアテマラ


3. 18日、小学校を訪ねてみて。



で、最後に、今日どうだったかということと、これからの課題を。

昨日はCTA(教育委員会のような人)達に連絡を取らないといけなくて小学校に行けなかったので、今日はソロラ市の小学校を2校回ってきました。
結局、アンケートと、校長先生のインタビューがやっとできた程度です。
それぞれ、危ういものがあるけど、ま、最初からうまくいってたら苦労ないからね。苦労と努力しますよーー。やるしかないもんね。

それで、アンケートの課題です。とりあえず、3つにまとめると

1、マヤの先生たちへのスペイン語でのアンケートなんだけど、同じスペイン語なのに、先生によって解釈の仕方が違ってしまうこと。
2、グアテマラ人の性格が、アンケートの回答に影響を与えているのでは?との疑問
3、調査が始まってからのアンケートの変更を、どの程度まで行っていいのかわからないこと・・・。

ということです。なんか、つまり、独り言なので、よくわからなかったらごめんなさい。

1つ目は、言語自体の問題です。同じ日本人同士でも、同じ日本語を話していて勘違いは良く起きるもの。なんだけど、例えば、「あなたのクラスにスペイン語を話せない子どもは何人いますか??」と言う質問があったときに、その、「スペイン語を話せない」という話せないレベルの解釈の違いが、先生によって、違うのです。訪問したのはマヤの子どもたちが100%の学校なんだけど、小学校5年生の担任の先生がクラスの人数分の数を書いちゃったり、小学校1年生の先生が2人って書いていたり。きっと、5年生の先生の「スペイン語を話せる子ども」の定義は、ものすごくレベルが高くて、単語を並べるくらいじゃ、話せることにならないんだよね。でも、小学校1年生の担任の先生には、きっと、ローマ字で単語を読めたり、ちょっと発音できたら、「話せる」ことになるんだと思う。でないと、1年生で2人なんてありえない。だから、本当は、もっと限定して聞かないといけないんだねーーー。でも、2枚以内という制約が!!!それだけじゃなくて、次にも続く問題が・・・。

2つ目が、「子どもたちにマヤ語の授業をするときに、どんな要素が大事だと思いますか?次の5つの項目を重要だと思うものから順に、1から5までつけてください。」と、日本語ではこうなるんだけど、スペイン語にすると、難しくて・・・。訳してから、2人の人にチェックしてもらいながら作ったんだけど、実際に今日、27人からアンケートを回収して、半分の人しか理解してもらえませんでした・・・。もちろん、1がとても重要 2、重要 3、普通 4、どちらでもない 5、そんなに大事じゃない として、順番をつけることなく、それぞれ評価してもらってもいいんだけど、グアテマラ人の性格的に、「全部とても重要!!」とか、あるから、そういうのを避けたくて、順番をつけて欲しかったんだけど・・・。むずかしーーー 1から5までって書いてあるのに、すでに全部1をつけている人が2人もいたよ。(苦笑)小さい学校で、一人ひとり説明できたらよかったんだけど、今日は時間がなくて、、、校長先生とのインタビューもあったし。。。集まった後で、気づいたら、あー、これも危うい。これも、これも・・・。って言う感じでした。

後は、どうして、子どもたちにとってスペイン語(マヤ語)を学ぶことは必要だと思いますか?という理由を8項目から3つ選んでもらって比較しようと思ったんだけど、あっとうてきに、最初の1,2,3項目が選ばれていることが多くて、その内容も、「他の人とコミュニケーションをとるため」っていう当然のような内容だから、もちろん大事なんだけど、他の7項目を比較されて選ばれたのか、それとも「他の項目を読むのが面倒だったからなのか・・・。」 前者であって欲しいけど、後者な気がしてしまう。だから、アンケートだけじゃなくて、インタビューも大事なんだねー。というか、インタビューのほうが、彼らの本当に考えていることを聞けるような気がするよ。うん。それで、3点目にいくんだけど、

で、じゃ、本当に大事だと思っているか見るために、次の学校から、例えば項目の内容は変えずに、順番だけ配置換えしたアンケートに作り直して行っていいのか??という疑問です。文章を変えないといけないところもあるんだけど、どこまで変更したらいいんだろうか?????
ああーーー。本当に「アンケートは大事だよ」って、何度も、何度も説明していただいたのに、失敗してしまってごめんなさいという気持ちで一杯です。3人くらいにチェックしてもらって、自分でも何ケースかしてみたんだけど、自分で、自分のアンケートに答えると、聞きたい内容を知っているから、どんな言語による「勘違い」が起き得るか考えるのが甘かったよ。本当に。教育省から、アンケートは2枚以内にって言われたので、かなり絞ったんだけど・・・。この週末の課題が増えました。
基本的には大きく変更はせずに、単語とか言い回しだけ編集することになると思います。


そうそう、最後にね、バイクで連れて行ってくれた人の用事で、更に2つの小学校を見に行ったんだけど、そのうちの一つの学校では、校長先生が一年生から3年生までを一つの教室で教えていたのね。そこに行ったら、子どもたちが珍しがって見に来て。最初、私と、バイクの人と、校長先生が話をしていたんだけど、そのうちに、一人の女の子がカクチケル語で先生に何か聞いたのね。そうしたら、先生が「いいよ」って言って。
何がいいんだろう? って思ったら、一人ひとり、全ての子どもたちが握手をして挨拶に来てくれたんだー。きっと、「挨拶してもいい?」って聞いたんだね。
その子たちが本当にかわいくて、沢山の元気をもらったのでした。
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# by fujika0316 | 2009-09-20 02:54 | グアテマラ

    

世界一美しいといわれているアティトラン湖を擁する、グアテマラのソロラ県で環境教育の活動をしています。思ったことを、素直に・・・
by fujika0316
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駒ヶ根訓練所での訓練の様子からかいているので、時間があったら、遊びに行ってやってくださいな!!
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