空ノウタ


<   2007年 04月 ( 10 )   > この月の画像一覧



4月21日  中米一 高い山

「中米」
メキシコに行ったとき、この言葉の不思議さと言うか、小ささを感じた。
あぁ、グアテマラは「中米一」とうたっている物が多いけど、
実は、それって、あんまり大した事ない?!

でも、登りました「中米一高い山」に。その名「タフムルコ」
グアテマラで一番西にある県「サン・マルコス県」そこに、この火山はある。

かれこれ1年半前、ソロラ県にある「アティトラン火山」に登った。
それが、人生初めての登山で、すごく大変で「二度と火山には登らない」と決めた。
でも、エアロビをはじめ、少しだけど体が丈夫になったこと。
そして、前に帰った先輩からトレッキングシューズを買ったこと。
タフムルコは、途中まで車で登れること。(裾野から登らなくてよい)
なにより、「タフムルコが中米一だ」ってこと。
そんなのが重なって「帰るまでに訪れたいグアテマラの場所」の一つになっていた。

5月からグアテマラは雨季に入る。
でも、雨季に入る前の今月はじめ、強烈な雨が降った。
いつもは絶対晴れる「セマナサンタ」も、天気は不機嫌だった。
ということで、この土曜日に「タフムルコ登山」を企画したのでした。
途中、予定していたソロラのガイドが行けなくなったりと、いろいろーなことがあったけど、
前日サン・マルコスについたとき、頂上まで着いたときは感動一色だった。

ガイドは、友達の友達を頼ってお願いした。
彼は、教育省のサン・マルコス県で働いていて、以前も協力隊のガイドをしたことがある。
でも、頼んだのは水曜日。登山の3日前。しかも、顔見知りではない相手から。
それでも、引き受けてくれた。
いくら、山が好きとはいえ「私だったら、引き受けられるだろうか?」と思う。
彼がいなかったら、登山なんて絶対無理だった。
その優しさは、一生忘れないと思う。

前日は、友達が買出し等々してくれた。
私の勘違い・思い込みのせいで迷惑を掛けてしまいました。ごめんなさい。
色んな意味で支えてもらっていることも、忘れちゃいけないと思う。

朝3時半にホテルを出発。ガイドさんも、時間通りに来てくれた。
私たちも、何とか起床した。
5時前に出発地点に到着。歩き始める。空には星が輝いている。
てくてく、登り始める。

休憩したり、朝ごはんを食べたり。
道は、アティトラン火山に比べなだらかで、少し安心した。
気がついたら、3770メートル以上の地点にいたりして、ちょっと不思議だった。
ガイドさんが、標高測定器なるものを持っていたのだ。
日本に帰ったら、絶対富士山にも登ろうと思う。

しかーし。途中からが大変だった。

4000メートルを過ぎた頃、思うように足が進まなくなる。
途中、ふらふらしたり。
友達も、ガイドさんも、待ってくれたおかげで、少しずつ進む。
やっぱり、「もう、二度と登らない」と心から思っていた。

どうやら、動悸が激しいことから、呼吸が荒く浅くなっており、
4000メートルを超えたことから、酸素も薄くなっており、
脳に酸素が届きにくくなっていたようです。
最後、後2分のところでねっころがる。
「もう、頂上なんて行かなくたって良い!!ここで十分」と、心から思った。
でも、しばらくしたら、少しずつ気持ちも楽になってきた。
そして、立ち上がることができて最後の2分も歩くことができました。

やっとたどり着いた頂上。
感動だった。
雲が、はるか下にあった。
空がいつもよりも、近く見えた。

みんなで食べたお菓子も、ジュースも、いい思い出。
写真も沢山撮った(友達のカメラで・・・)
また、いつか紹介できたらと思います。

アティトラン火山に登ったときは、歩くのが遅くって頂上についたときは雲に包まれていた。
でも、今回は、良い景色を見ることが出来ました。
頂上には証明する板もあったりして、ちょっと感動。

山に登る途中、ガイドの人が語っていた。
「途中は辛いことも、大変なことも沢山ある。でも、最後に登頂した時の感動は、大きい。
これは、人生も一緒だ。」

本当にそうだと思う。
今回味わうことができた、「頂上にたどり着いたときのすがすがしさ」
これは、一生忘れないと思う。
辛いとき、辛いほど、今回の登山を思い出そうと思う。
「人間、あきらめなければ、いつかゴールにたどり着く。」
「辛くても、辛くても、小さな、とっても小さな一歩を続けることが大事。」
[PR]
by fujika0316 | 2007-04-26 07:50 | グアテマラ


4月20日 最後の講習会

今日は、自分にとって最後となるかもしれない講習会があった。
各小学校の環境委員会の教師らへの講習会。
ソロラ市から車で1時間強の「サン・ルーカス・トリマン」と言う町。

メンバーは、私、カウンターパート、環境省のおじさん、
アティトラン湖の友達と言う名前のNGOの青年、
CONAPという、自然保護区を管理する団体。
環境省のおじさんと、NGOの青年は去年からずっと一緒に活動してきた思い出深い仲間。

本当は4月の最終週も3つの地域での講習会が予定されている。
でも、23日から教師たちがまたストライキに入るとの情報なので、そうなるとこれが最後。
なんだかんだと、やっぱり、講習会の思い出は沢山あるなぁと思う。
もう、会えない先生たちが沢山いると思うと、少し寂しい。
しんどくても、最後、一つでも多くの市で講習会をしたかったなぁと思う。

7時に集合。環境省のおじさんが時間通りに着いた。
そして、皆が住む町に向かう。その町は通り道にある。
車の中、色んな話をする。
なぜ、環境省で働いているのか。 熱かった。
団体で働く中で、長の存在がとても大きいこと。全てに影響する。
今の環境省のソロラ県の所長は本当に良い人で、
その人が来てから、彼も仕事が好きになったらしい。

環境への仕事は「愛」だ。
と、彼は熱く語ってくれた。
サービス残業も、仕事のために自分でお金を払うことも、車を出すこともある。
でも、それでも、環境を守りたい。守ることが大事だ。との思いが彼を支えている。
アティトラン湖のあるソロラ県だからこそ、難しいこともある。
多くの政府・非政府の環境団体、個人の環境家との連携の難しさ。
でも、やっぱり、ソロラの自然が、湖が、好きなんだ。
自分の愛する娘のために、環境を守りたい。と、彼は言った。

ちょっぴり、泣きそうになった。ぐっと、我慢した。

途中から、カウンターパート、NGOの青年と合流。和やかな雰囲気で向かう。
会場に着くと、いつもの教育技術官と、秘書、会場の校長先生、
そして、何人かの先生たちがいた。

そう、実は、この日も教員組合がある会議に先生たちを召集していた。
でも、そこまで拘束力のない会議だったので、校長先生以外は行かなくて良かったようだ。
その代わり、「グアテマラ再緑化運動」のほうの会議は延期になった。

そして、講習会に入る。最初は環境省による、環境全般についての話。
このおじさんは、とっても気さくでグアテマラ人の心をつかんで話をする。
やっぱり、同じ目線に立って、同じ言葉で話すことって大事なんだなと思う。

次は、私の番。
最初に、アイスブレーキングで「幸せなら手をたたこう」をオカリナで演奏。
皆に立ってもらい、体を動かす。
そして、テーマ「リサイクル」に入る。
Rについて。なぜ、リサイクルをするのか、リサイクルを通して節約できること。
どんな資源をいくらくらいで回収しているのか。
等々の話をする。スペイン語がやっぱりイマイチなので、時々、「ん?」って顔をする。
でも、何とか話が終わった。
最後、「今年は選挙なんだから、どの人が、どの政党が環境について考えているのかを、
ちゃんと見ていかないといけないよ。いつもは、市役所の文句を言っているけど、
選挙権がある全員に、ある意味責任があるんだよ。」
と言うと、みんな納得していた。その後、いつもの苦情は出なかった。
最後に「これが私にとって、最後の講習会になるかもしれない。」との話をする。
また、うるっと来る。最近、涙腺がすごく弱い。

あぁ、この2年間で、どのくらい自分が成長できたんだろう?と思う。
まだまだだねーーー。

その後、NGOの人が「土」についての話をして、
CONAPが、「コスモ ヴィシオン マヤ」(マヤ文明の宇宙観)の話をする。
なんと、おじさんはマヤの儀式をするおじさんを連れてきていた。
残念ながら、時間がなくてゆっくり話を聞くことはできなかったけど、
なんだか、貴重な経験をした。

最後、アンケートを書いてもらい、オカリナを演奏する。
「カントリーロード」と「上を向いて歩こう」
やっぱり、いいなぁとおもう。

この町は、先生たちも、教育技術官も良い人で、やっぱり思い出深い。
というか、ソロラの町、全部が思い出深いよーーー
寂しくなるのでした。
[PR]
by fujika0316 | 2007-04-25 08:03 | 近況


4月18日 水曜日 会議

今日は、環境教育委員会の定例会議があった。
今回のメインは、プランを皆で見直し最終決定すること。
9時過ぎにほとんどのメンバーが集合。開始。
本当は、パナハッチェルのホテルの会議室を借りる予定が、お金を出してくれる団体と
都合がつかなかったので、AMSCLAEの会議室になった。
でも、ほとんどの団体が集合。良かった。

プランを最初から皆で読む、確認する。
なぜ、環境教育委員会が発足したのか、目的、等々いろいろな項目がある
このプランの作成に誰が関わったのかと言うところで、話し合いが白熱。
環境系団体の中には、活動には参加しているけどプランの作成の会議には
参加できていないところもある。
最初は来たけど、途中から来なくなった団体もある。
また、今回の会議から参加を始めた団体もある。
去年の11月から半年もたてば、それは変化が起きるものだ。
「会議に参加しなかったら、やる気がないとみなす」これが今のスタンスなのだが、
その「会議」に参加できなくてもやる気のある団体はいる。
「それらを、無視しても良いのか?」との意見が、ある団体から出る。
私は、基本的に見守っている。
どの団体の名前を載せ、どのメンバーの名前を載せるのか。
結局、最終決定は次の会議に持ち越しになった。

後は、11月現在、教育省が環境教育委員会のリーダーだったのだが、
私のカウンターパート、つまり「教育省の担当者」が今年の初めいなかったので、
AMSCLAEになった。その部分がプランでは変更になっていないので、
どうするか?と話し合った。私たちは変更に異議はなかったけど、
第3者の団体から意見が出たので、これも、最終決定は持ち越し。

これらの話し合いの中で、なぜ、1,2,3月の期間辛かったのかがわかった。
環境教育委員会は、各団体が、それぞれの意思・責任で参加している。
ボランティアの私は、教育省に配属はされているものの、教育省の人間でもないし、
何より、グアテマラ人ではない。いつかはいなくなる人間。みんなわかっている。
つまり、私が参加していたとしても、
「教育省が担当者を送っていることに値しない」のだ。たとえ、私が教育省配属であっても。
だから、環境教育委員会のなかの教育省批判が強くなり、
それを私も教育省に配属された人として、真に受け止めていた。
でも、カウンターパートに関しては、私にはどうすることもできない。
人を契約することも、給料を払うことも。待つしかなかった。
その時間が長くって、辛さが積もっていったんだなと言うことがわかった。
自分たちが始めた環境委員会なのに、その一部の教育省が参加責任を果たせていない。
そのハザマで、うんうん、言っていたんだと思った。

今は、マイペースなグアテマラ人がカウンターパートして働いている。
働くようになったのは、約2週間前。
おっとりした30歳の2児のパパで、約1時間かけて通勤している。
彼が、私がいなくなった後も、今年の12月までは確実に働くことになる。
大学を途中まで通っているので、ある程度の知識もある。

それまでのカウンターパートは2つの仕事を掛け持ちしていて、
私のカウンターパートになってから、もう一つの仕事が全く進まなくなり、
上司も、急いだようだ。
その、カウンターパートが変わるとき、上司と確認をした。
これからは、ボランティアの担当者ではなく、
「教育省ソロラ県事務所の、環境教育の担当者」だ。
ボランティアは、それを助けるのが仕事。
これからは、書類にサインするときの肩書きも変えていく。
長かった3ヶ月。でも、その時期があったから、人の気持ちを少しはわかるように
なれたのかもしれない。
残り2ヶ月。一緒に活動する中で、何かを伝えていくことができれば・・・。
[PR]
by fujika0316 | 2007-04-20 07:05 | 近況


4月17日 火曜日 ピースコー

今日は、隣の町のConcepcionという町に来た、ピースコーの女の子と打ち合わせ。
朝、中央公園で待ち合わせ。
「どんな子なんだろう」と、わくわくしながら迎えに行く。

そう、さかのぼること、去年の7月。アルタベラパス県で行われた、
第1回全国環境教育会議。
ピースコーのグアテマラ事務所の環境教育担当者も参加していた。
私とカウンターパートで行った、ソロラの環境教育事例のプレゼンを聞いていた彼は、
カウンターパートと話をしたらしい。
カウンターパートは、ピースコーの教材をもらっていた。

去年の11月、連絡があり事務所の所長と私たち、教育視学官、そしてその彼と会議。

ソロラ県の全部の学校が、避難訓練のプランをつくり、避難訓練をする。
それを、環境教育委員会の誰かがモニターに行き、評価・アドバイスする。
それを受けて、避難訓練のプランを見直し最終決定をする。

その、一連の活動を、私たちの環境教育の担当者と、ピースコーのボランティア、
そして、環境教育委員会の資源を利用して行うというのが、彼の案。
私は、その話し合いで「全部の学校をモニターするのは無理だ」といったけど、
教育省の所長の裁量で、ボランティアを受け入れることになった。

しかし、今年の一月、所長から「プラン」「プラン」といわれ、
私たちの作ったプランを出したけど、ピースコーの担当者は納得いかなかったらしい。
彼は、私達に避難訓練について活動を始めてほしかったらしいが、
そんな余裕はなかった。

そして、先月、教育技術官のほうから連絡があり、
「もしかしたら、ピースコーのボランティアは一緒に活動しないかもしれない」と。
ま、それならそれでいいか。とは思っていたんだけど、
やっぱり、いざボランティアが派遣されると気になるところ。

最終的に、技術官を通して彼女と連絡が取れ、まずは、私たちの活動、
彼女が派遣されるまでの背景を説明することにした。

実際に、待ち合わせの時間に行くと、彼女は会った事がある人だった。
と言うのも、2月23日にSantiago Atitlanに活動を見に行ったときに、
ピースコーの環境教育のボランティア達も見学に来ていた。
彼女は、その中の一人の子だった。
とても感じのいい人で、私も一安心。
事務所に行き、活動の説明をしたり、写真を見たりした。

彼女は、環境教育委員会にも興味を持ってくれた。
とりあえず、彼女のほうからピースコーの担当者に相談してくれることになったので、
その結果を待つことになった。

その後、彼女を見送りに街中へ。
彼女はなんと21歳。
すでに大学を卒業しているらしい。しかも、可愛い。
なんだか、自分が25歳だってことが、恐ろしく思えた(笑)

もう直ぐ、2年間の活動を終えようとしている自分と、
これから2年間の活動が始まろうとしている彼女。
日本人の私と、アメリカ人の彼女。
感じ方、ソロラへの思い、考えていること、全然違うんだろうなと思う。
だからこそ、新しい発見があり、面白いんだろうね☆
また、新しい人から見た環境教育委員会への意見も聞きたいところ。
今度ゆっくり話す機会を持ちたいと思ったのでした。
[PR]
by fujika0316 | 2007-04-19 07:42 | 近況


住所

日曜の午後から、首都に来て月曜の朝から事務所へ。
今、ソロラで原爆展と水俣展をしようと思って準備しているんだけど、
実は、日程が決まっていない・・・。
最初は、5月の2週目。と思っていたけど、間に合うのか?
更に、来週23日の月曜日から、先生たちがまたストライキに入るとの情報が。
と言うことで、調整員に相談。
最初、6月5日で考えていたのを変更したのは、採用試験が近くなるから。
最終報告書のこと、アンケートのこと、環境教育委員会とのこと。
不安は多い・・・。

結局、6月5日の環境の日をイベントにぶつけることになった。
展示会といっても、展示してあるのを見てもらうだけでなく、
同時に、ビデオを見せたり、原爆や水俣病についての話もしたりしたい。
学校ごとに生徒たちを招待しようと思っている。
それを考えても、23日から学校がストライキに入ったら、何も動けなくなってしまう。

その後、雑用を終わらせ、教育省に教科書をもらいに行く。
今、私の事務所では複式学級の学校を援助するプロジェクトが行われている。
世銀のお金がついて。
その中で、環境教育の自習用の教材を作りなさいと、上司に言われた。
しかし、幅が広すぎて、ずべてをカバーする教材を作ろうと思ったら、終わらない。
ということで、生徒たちが持っている教科書を使って、
それの、ドリルのようなもので良いのではないか??とC.Pと意見がまとまった。
でも、その教科書自体を私たちは持っていないのだ。
ということで、もらいに行ってきた。
結果は、「余っていない」。 もらえなかった。
今年、学習指導要領のようなものが出来たので、それに基づいていない以前の教科書は、
もう残っていない。とのことだった。

そして、SEDEに戻ってきた後、今日のメイン「教員採用試験の申し込み」をする。
ソロラでは、私の事務所ではインターネットがめちゃめちゃ遅く、
プリンターにも直接つないでいないので、首都までやってきた。
東京都のIDを取ったりと、何かと初めてのことが多い。

そして、いよいよ、申し込みフォーマットへ。
入力を始めるものの、ある場所で、止まる。それは「住所」。
果たして、私の今の住所は、どうなっているんだろう?
転出届を出したのは覚えているけど、こっちの大使館で、転入届、出したかな?
出したとしても、住所はどこになっているんだろう??
ソロラ?首都?
電話番号も携帯はいいけど、「電話」ってところで、ソロラのホームステイ先の番号にしても、
うーん。それは、果たして良いのか??
調整員に電話したけどつながらず、遅くなると、ソロラに帰れなくなるので断念した。
早く、その辺を確認しないと。

もう、日本では、みんなが説明会に参加し、申し込みを済ませていると思うと焦る。
申し込みの締め切りは、5月11日。今日は4月16日。
勉強も、なかなか進まないし・・・。
活動が、仕事が第一だし。しかも、仕事忙しいし。
5号報告書も書かないといけないし、スペイン語にも訳さないといけない。
禁酒している友達が言っていたこと
「嫌いな事を一つやり遂げるには、好きな事を一つあきらめること、やめることが大事」
最初聞いたときは、ん?って思ったけど、今はなんとなく、その気持ちがわかる気がする。

ま、でも自分の人生、自分の将来だから、きちんと責任は自分で取らないとね。
焦らず、無理せず、着実に・・・。
[PR]
by fujika0316 | 2007-04-18 03:54 | 近況


週末

土曜日、午前中から元カウンターパートの家に行って日本食を作った。
その家では子犬が産まれたとのことで、子どもが教えてくれた。
作ったのは親子丼。
最初は、鳥の照り焼きにしようと思ってたけど、良い肉が手に入らなかったのと、
水を入れすぎてしまったから。
でも、彼女が喜んでくれたので、良かった。良かった。
ちなみに、青じそドレッシングも好評でした。

その後、とりとめもなく雑談をする。
そこで23日から、もう一度先生たちがストライキに入ると聞いた。次は無期限。
大統領が、ちゃんと答えを出すまで「続ける」らしい。
これ、教員組合が厳しく、ストライキの時期に学校に行ったりすると、
教師としても職を奪わされるらしい・・・。
中には、コミュニティーのPTAたちがストライキを拒否することもあるけど、まれ。
グアテマラの植林プロジェクトのための各市の会議が23日から始まるのに、
これから、先生たちへのアンケートを始めようと思っていたのに、どうなるのだろう・・。

そんなこんなで、お別れをする。
その後、パナのみほこさんのお家におじゃました。
遅刻していったら、他の隊員たちとすれ違いになってしまった。
でも、みほこさんの家でお茶をして、近況を聞いてもらう。
日本に帰ってからのこと、不安なんかも聞いてもらう。
そんな、ゆっくりした時間が、私は好き☆
話を聞いてもらうだけで、これだけ気持ちが楽になるんだなぁと思う。
私も、もっと、いろんな人の話しに耳を傾けられる人になりたいと思う。
その後、ジェイ君と遊んでからおいとまする。
そしてカフェに行って、隊員たちと合流。その後、ソロラに帰る。

夜ご飯は、お母さんの誕生日会をするということで参加した。
首都から息子夫婦も来ていた。
子どものこと、子どもの扱い方、どんな言葉を掛けるのか、どんな風に育てるのか、
なんだか、いろいろ考えさせられた。

日曜日には、その娘の誕生日会。恒例のピニャータ割り。
その女の子は、実は、妊娠5ヶ月目だったときに、手術をして生まれてきた。
だから、大きさは手のひらに乗るくらいだったらしい。
今でも聴覚に、障害を持っている。
でも、すごく成長した。
私が出会ってから1年と約10ヶ月。その間にも成長した。
確かに他の子に比べたら、できないことも多いけれど、でも、成長した。
動物が好きで、自分のおやつ、ケーキを猫やイヌにあげたりする。
そんな、優しい心を持っている。
5歳か。これからも、成長してほしい、幸せになってほしいなと、感じる。
その後首都に行く。夜は、友達と色んな事を話した。

なんだか、駆け抜けた週末だった。
[PR]
by fujika0316 | 2007-04-18 03:49 |


約束と責任

金曜日の午前中、カウンターパートとあるNGO団体を訪ねてきた。
その団体は、インディヘナのおばちゃんが運営するもので、
コミュニティーのおばちゃんたちを集めて、まとめて、苗木やシャンプーを作っている。
はなわさんが紹介してくれたおばちゃんで、午後は国立の高校で教えている。

バスで近くまで行き、その先はてくてく歩いていく。
トウモロコシ畑には、もう、次のトウモロコシの苗と、フリホーレスが植えられていた。
本当に、一緒に同じ場所に植えるんだなぁと、ちょっと関心。
遠くから見た茶色い大地にも、命の存在を感じる。

おばちゃんのお家に着き、カウンターパートの自己紹介をして話を聞く。
去年、ソロラにある大学の援助を受けて始まったプロジェクト。
一つ「5ケッツアール」で苗木を買い取るから。
との約束の下、おばちゃんたちは張り切って苗床を作り始めた。
それは、とてもいい条件であり、田舎のおばちゃんたちにはとてもいい収入になる。
そして、人も集まってプロジェクトは進んでいった。

しかし、最後、その苗たちは大きくなったのに、大学は約束の量の苗木を買い取らなかった。
更に一つ「5ケッツアール」の約束が、「2ケッツアール」まで値段を下げ、
その買い取った苗木を、大学は「2.5ケッツアール」で売っていたのだ。
それを知ったおばちゃん達は、とても怒ったそうだ。
それは自然なことだ。

そして今、残っている苗木2000本。
この苗木を、どうにかして売ることは出来ないかと、おばちゃん達は困っている。
この日は、私達は話を聞くことしか出来なかった。
でも、先ずは知ることができてよかったと思う。
カウンターパートが、「ソロラは自然保護区で植える木の種類が決まっているから、
MAGAのグアテマラ再緑化プロジェクトで何か、必要な時に買うことが出来るかも・・・」
と、苗木の種類を聞いてメモを取っていた。なかなか、冴えている!!

その後、シャンプーを作っている場所を見学して帰る。
その日は金曜日で市場の日だったので、おばちゃん達は市場に行き、活動はしていなかった。
でも、そこでも商標の紙をどうやって貼るか等々、課題も聞いた。
私より、カウンターパートが判っていた。
一緒に行ってよかったと、本当に思った。

帰り道、感じたことを話している中で、彼が言った事。
「最初に、大学が(苗木を、いくらで、何本買う)といったときに、書類とサインで取り付けないとダメだった」と。
確かに。
このことは、グアテマラに来て、とても大事なことだと私も感じていた。
「口だけでなく、約束事は、ちゃんと紙で、形で残す」
でも、過ぎてしまったことは返せない。

それにしても、いい話で住民達のやる気を起こさせておいて、それに応えない。
その責任、そのことを通して、住民達がどう感じたのかという事、
どう感じるのかと言うこと、信頼関係のこと、もっと大学も考えないといけない。
「援助してあげている」のではない。相手も人間だ。
もっと、もっと、考えるべきなんだと思う。
私も、ボランティアとはいえ、やってきたことに責任はとりたいと思っている。
やっぱり、相手なしには、援助なんて成り立たないから。
それどころか、相手が「主役」なはずだから。
[PR]
by fujika0316 | 2007-04-17 00:06 | 近況


出会い

木曜日、午前中はパナハッチェルの体育館で湖の掃除に関する会議。
環境系団体と、いくつかの市役所からの代表者が集って話し合い。
この、掃除に関しても計画書を作ることになった。AMSCLAEのリードで。
掃除に関しても最後は結局「環境教育が大事だ」という結論を出していた。
会議の終了後は、パナの教育視学官の事務所に行き、書類を渡す。秘書が良い人。

午後は、以前作成した「環境教育委員会の戦略?計画書」の見直し・編集
のはずが、参加者が集まらない・・・ 提案者も来なかった。
と言うことで、来た人で18日の会議で何を話し合うのか等々話し合って解散

その後、船に乗ってSanta Curz La Laguna という村へ行く。
友達の隊員が、休暇を利用してそこでスキューバのレスキューの資格を取っているので、
見に行ってきた。
この村は各停の船に乗るときに通るのだけど、降り立ったことがない。
教育関係の地区分けでも、他の市と一緒にされているので、講習会にも来る事はない。
この村(市)への上陸でソロラ県の19の市を制覇したことになる。
そんな村に着いて、スキューバの教室へ。夕方だったので、村の見学はしなかった。
そこは、ホテルやレストランも一緒に経営している。なかなかきれいなところ。

友達は、レスキューを英語で取っている。インストラクターが英語しか話せないからだ。
実は、私もスキューバの免許を帰る前に取ろうか迷っている。約200ドル。
問題は、英語力と自分の余裕・・・。どうしよう。

教室にはテレビやDVDもあって、教科書やDVDを見た。
友達がアティトラン湖にもぐった話をしてくれた。
湖には4種類の魚がいて、100匹以上が常に見られるところもあるらしい。
外来種2種と、天然が2種いて、天然の魚には場所によって色が変わる種類もいるそうだ。
いつも見ているアティトラン湖だからこそ、もぐってみたいとすごく思う。
すごく、魅力的・・・。

その後は夜ご飯を食べる。スープ、パン、メインのスパゲッティ、サラダ、デザートつき。
そこでは宿泊者たちがそろって食べるんだけど、みんな英語を話す。
ゆっくり話してくれると、言いたいことはわかるんだけど、自分からは出てこない。
思わず、スペイン語が出てくる。あぁ、この中途半端さ。
やっぱり、英語は必須というか、どこにいっても使えるんだなと思う。
それだけで友達の幅が広がるよね。本当に。
夕食後、イタリア人で昔、ラテンアメリカで英語を教えていたというおばちゃんと話をする。
中南米は、ほとんどの国を訪ねたことがあるという。
そのおばちゃんのお気に入りは、メキシコ。メキシコの魅力を語ってくれた。
57歳と言うけど、全く見えない。スペイン語も本当に綺麗に話す。
やっぱり、アクティブに人生を過ごしていくことって大事なんだなぁと思った。

その後、ビリヤードのやり方を教えてもらう。これって、意外と頭使うんだね。
初心者の私は、だめだめでした。でも、面白かった。
その後、何がきっかけかわからないけど、色んな話をした。と言うより、語った。
その時語り合うまで、私はその友達のこと全然わかってなかったなって思った。
すごく、スポーツが好きな人。と言う印象だった。
でもそうじゃなくて、何にでも挑戦することが好き、向上・成長することが好き、
自分を磨くことに執念を燃やしている人なんだと感じた。勉強もすごくしてる。
すごく、「協力隊員」っぽい。

私の悪いところは、知識を「感覚で覚えている」ことなんだけど、
友達は、数字で覚えているから正確だから、説得力がある。知識の幅もすごく広い。
あり(蟻)の話から、教育の話まで、色んな事を話した。
こうやって色んな深い話をすることに、自分は飢えていたんだなって思った。
そして、「自分を磨くこと・向上すること・勉強すること・体を鍛えること」に
完璧を目指している人に、久しぶりに出会った。妥協が嫌い。誠実。
いや、前から友達だったから、「再発見した」と言ったほうが正確なのかな。
妥協だらけの自分を、反省した。
人に合わせながら、人のせいにして生きるのではなく、
自分の道を、信じる道を真っ直ぐ生きるって、すごく、すがすがしいことなんだねぇ。

そして、私も、自分のやりたいこと、夢を語り、それについて色々な感想をもらい、
話し合う中で、自分の気持ちも再確認できた。本当にこんな時間って大事ね。
最後、庭に出て星を見た。
少し曇っていたから、そんなに沢山見れなかったけれど、さそり座を見た。
初めて、「これがさそり座なんだ」って見た。
心臓にあたる場所にある星はね、赤く光ってるんだよ☆  火星も見た
星とか、星座って、実は面白いものなんだねー

次の日は、仕事のために起きて直ぐに出発。友達はまだまだ授業を受ける。
村の滞在時間はそんなに多くはなかったけど、多くの収穫を得た時間でした。
[PR]
by fujika0316 | 2007-04-15 08:57 | 近況


リベンジ

11日水曜日、ボカ コスタ (Boca Costa)地域に講習会に行ってきた。
この地域、ソロラ県内と言っても、ソロラ市から車で3時間、
公共機関を使うと、乗り継ぎの時間もかかるので4時間はかかる。

2月中旬に、教育技術官たちと会議を持ち、3,4月の講習会の日程を決めた。
3月2日から始まった講習会、先生たちのストライキのせいで残りの3月分は延期。
つまり、8地域が延期になった。
そして、セマナサンタが終了した後のこの1週間、ボカ コスタ地域の3つも、
延期になっていたはずだった。
でも、火曜日に書類を私に教育技術官たちが集まっていたところに行った時、
その地域の一人の教育技術官が「明日、講習会よね??」と。
「え? 延期になったんじゃないの?」と聞いたら、
先生達に書類を送ったのはストライキ前。その後、授業が再会し、今は普通の状態。
それから、講習会延期の通知書類は送ってないので、もし先生たちが覚えていたら、来る。
とのことだった・・・・。

その日の午前中は、環境教育委員会の会議。
そこでも、ボカ・コスタ地域は延期になったと確認したばかりだったのに・・・。
その地域は、距離的にも遠い上に、内戦の影響もあって、先生たちも気難しい。
実は、去年行ったときも「この地域には市役所を始め、どこの団体からも援助が来ない」
と、苦情の嵐だったのだ。
環境団体をはじめ、私のカウンターパートも行きたがらなかった。
でも、私は決めた。「一人でも、車がでなくても、行く」と。
そんな、誰も注目しない地域だからこそ行こうと思ったし、
先生たちが、一人でも待っていてくれるなら、行こうと思った。アンケートもしたかった。
あの時の先生たちにも、もう一度会いたかった。
ここで会わなかったら、一生会えないかもしれない。

結局一人で行くことに。朝、5時半の始発で出発。何時に着けるのか・・・。
強盗が多い地域なので、パソコンは持っていかない。
環境委員会の情報交換、リサイクルの話と、環境の替え歌のグループワークをしようと思う。
そう、前回ある一人の先生が「地球への手紙」のコピーをくれた。
これは、去年の地球の日にその学校で「手紙コンクールをしたそうだ」そのコピー。
その時、こんな村でも、先生たちが自分の場所で頑張っていることに感動したのだ。
それも、みんなに紹介しよう。 少しわくわくしている自分がいる。

11日朝、4時半起床、5時半出発、ところが「バスが来ない」
「今日は、水曜日だから6時発だよ」 あらら。  ま、しょうがない。
その後、色々ハプニングはありつつも、何とか学校に着いた10時。やっぱり4時間か。
先生たち、怒っているだろうな・・・。 もしくはもう解散しているか・・・。

なんと、先生たちは残ってくれていた。良かった・・・・。
先生たちが教室に集まってきた。挨拶をする。
前回、手紙をくれた先生もいた。
先生たちの機嫌は・・・。まあまあ。

始まりの挨拶、自己紹介、そして「チョコレート」を渡す。遅刻することがわかっていたので、
日本から、親が持ってきてくれていたチョコレートを渡そうと思って持ってきた。
これが、効果覿面。はい。物で、食べ物で釣りました。ごめんなさい。ま、結果オーライ
先生たちの機嫌もかなり良くなってきたところで、一人ひとりの自己紹介。
名前、学校、そして、自分の学校でどんな活動をしているのかを発表。
私は以前に提出してもらっていた計画書と照らし合わせながら、会話しながら聞く。
こうして、紙だけの計画書が、目の前に本人がいるだけで生きてくる。
やっぱり、直接会うこと、その場に行くことは何て大事なんだろう。

先生たちのコメントだと、やっぱり学校での一番の問題は「ごみ」
と言うことで、リサイクルの話。新聞紙で紙鉄砲を作って、その後新聞紙のかごの紹介。
リサイクル工作についても話をする。沢山の例を持って来れなかったのが残念。

その後、必殺オカリナを演奏。
「幸せなら手をたたこう」の音楽に合わせて体を動かし、
ちょうちょの歌をみんなで歌う。先生たち、子どもみたいだ。
その後、グループに分かれて替え歌を作ってもらう。
外で練習したいグループも出てきて、なかなか楽しそう。オカリナにも興味津々。
なぜか、リコーダーを持っていた先生もいた。

その後、発表の時間。なかなか、個性が出ていて面白かった。
動作をつけながら、衛生と健康について歌ったグループもいた。
私が、気の聞いたコメントができなかったのが反省点。もっと褒めれば良かった。

それぞれが発表して、最後に私のオカリナの演奏。
「上を向いて歩こう」「カントリーロード」
私が泣きそうだった。涙がこぼれないように、上を向いて演奏した。
最後「環境教育は愛だ。自分の村への愛、自然への愛、地球への愛、家族への愛、
子ども・生徒達への愛、全てに愛情があるから、環境を守りたいと思う。
だから、皆さんも地球や自然への愛情を持って、困難があっても続けて欲しい」と語る。
先生たちが、真剣な顔で聞いてくれた。うなずきながら聞いてくれた。
あぁ。泣きそう。

前回の苦情ばかりの講習会とは変わり、とても良い雰囲気で終わることが出来た。
最後にアンケートの時間。みんな一生懸命書いてくれた。
そして、挨拶をして終わった。遠かったけど、来て良かった。本当に。
その後、その地域の教育技術官と話す。
彼女はインディヘナのおばちゃんで、家はシェラと言う町にある。
でも、仕事のために部屋を借りて平日は住み込みで働く。単身赴任っていうのか。
彼女が、ぽろっと仕事の大変さを嘆いた。
確かに、この地域にいたら、会議のために、ソロラに来なければならないし、
電話も通じない、交通手段も発達していないこの場所では、想像を超える大変さがある。
しかも、彼女は秘書がいないので、全ての仕事を一人でこなさなければならないのだ。
「先生たちが協力的なおかげで、なんとかなっている」と彼女は言う。
大変な地域だからこそ、お互いの大変さを思いやることができるのかもしれない。
偏見の眼で、先生たちを見るのはやめよう。
これからは、ソロラでの講習会、会議に来てくれた教育技術官達の苦労をもっと尊敬しよう。

その後、マサテナンゴと言う町で先輩隊員の事務所をちょっと見学させてもらった後、帰る。
帰路、乗り換えの待ち時間に、アンケートを集計する。
100%の先生たちが「これからも環境委員会を、学校内で発足させたいですか?」
との質問に、「はい」と答えてくれていた。嬉しかった。
結局家に着いたのは、6時半だった。
でも、それでも疲れ以上にすがすがしさが残る一日だった。
[PR]
by fujika0316 | 2007-04-13 00:38 | 近況


アト77

2年間のグアテマラでの協力隊生活も、アト77日となった。
本当は7月10日までが任期なのだけど、教員採用試験のために、一足先に帰国。
なんだか、早いなって思う。
後77日となると、くよくよ、うじうじ、はぁーとため息の時間が、もったいなく思う。

この2週間あまり、いろんなことがあった。
16年度3次隊のデスペディーダ(送別会)の後、先輩隊員と語りあった。
その先輩は、私のブログを読んでくれている。
私も、先輩のブログを読んでいる。
先輩は、思うこと、感じた事、私に足りないと思う事を直球で話してくれた。
思わず、大泣き。
仕事での悩み、孤独感、不安、せつなさ、自分への感情、いろんなことが一気に出てきた。
でも、あれだけ泣いて、良かったと思う。
泣きながら、私の原点を思い出した。
なぜ、途上国に興味を持ったのか。
協力隊に行こうと思ったのか、環境教育にしたのか。
グアテマラに来てからのこと、
2005年10月のハリケーン、
ソロラの村が一つ、つぶれてしまった。沢山の、たくさんの人が亡くなった。
一週間後に、その地を訪れたときの衝撃、死臭、絶望感と希望。
私は、何もできなかった。人を助けるなんて、できなかった。
その分、自分の仕事を通して、何かをしたいと思った。真剣だった。嘘じゃなかった。
自分にも、嘘をついていなかった。
自己満足ではなく、一時的なものでもなく、
グアテマラ人の心の中に、何かを残したいと思ってきた。
幸せになって欲しいと思った。
物やお金や援助を、人の助けをねだる、待つような人間ではなく、
グアテマラ人自身が自分の力で、立ち上がれるような、そんな活動をしたいと思った。
それからの、活動・仕事。
先進国から来た人間としての矛盾、
日本で応援してくれている友達のこと・・・・・
沢山、沢山の事を思い出した。


そうやって、きっかけを作ってくれた先輩に感謝。
言いにくい事を言ってくれたこと、私の足りないところを指摘してくれたこと、
それは、私を思ってくれていないとできないことだと思う。
私に足りないこと、成長したほうが良いこと、変わったほうが良いこと、
たくさん、たくさんある。
一生懸命になりすぎて、真剣になりすぎて、周りが見えなくなったら意味がない。
もう一回、深呼吸しないとね。

セマナサンタ、コスタリカから同期隊員が来てくれた。
任地まで来てくれて、湖の周りの村も回った。ハリケーンの被害を受けた村にも行った。
率直な感想、率直なコメントが嬉しかった。
私の大好きな任地、やっぱり、一人でも多くの人に知ってもらえることが嬉しいと思う。
アンティグアでニカラグア、エルサルバドルから来た同期たちとも合流。
グァテの同期もあわせて総勢14人。
こんなに大集合して、でも、わいわい、楽しい時間を過ごせて、本当に良かったと思う。
駒ヶ根時代、お姉さんのように私の相談に乗ってくれていた同期にも会った。
1年9ヶ月が嘘のように、変わらず、お姉さんのようなおおらかさで包んでくれた。
私も、そんなあったかい人になりたいと思う

他にも沢山の人とであって、
沢山笑って、沢山話して、沢山泣いて、沢山食べた。
そんな時間を過ごして、気持ち的にすっきりしたと思う。
休み明けの一日目を働いて、残りの時間の少なさを実感した。すっきりしていた。
時間が過ぎるのが本当に早いから、一日一日、大事に過ごそうと思う。
やりきろうと思う。

最後に、残り77日の決意。

・毎日、少しで良いから日記を必ず書く。一日を残す。
・教員採用試験の勉強をやりきる。後悔しない。
・仕事をやりきる。残りの3ヶ月はアンケート評価活動と、植林運動、講習会
・エアロビも頑張る。
・手紙を書く
・人と人のつながりを大事にする
・町で会った人に、知らない人に対してでも笑顔で挨拶する。
・写真を沢山撮る(デジカメ、壊れたけど・・・・)
[PR]
by fujika0316 | 2007-04-10 23:29 | 近況

    

世界一美しいといわれているアティトラン湖を擁する、グアテマラのソロラ県で環境教育の活動をしています。思ったことを、素直に・・・
by fujika0316
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
以前のブログ
2006年5月に、ネット接続上の都合により、以前のブログから引越してきました☆
以前のブログは、「Pu-ga」

http://white.ap.teacup.com/fujika0316/

駒ヶ根訓練所での訓練の様子からかいているので、時間があったら、遊びに行ってやってくださいな!!
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧