空ノウタ


<   2007年 03月 ( 11 )   > この月の画像一覧



眼に見えないこと。

この数週間、いろんな事があったけど、ブログに書ききれないでいる。
そんなの、当たり前か。
でも、やっぱり、印象に残っている事を、残しておきたいと思う。

以前、少し書いたけど、パナにあるおばあちゃんが住んでいる。
その人はアメリカ人で、環境系の活動を通して青少年の育成を活動の目的としている。
彼女に初めて会ったのは2月の終わり。
昔、キチェ県や、エスクイントラ県にも住んで活動していたこともある。
パナの前は、ソロラ県のサン・ルーカス・トリマンと言う町に住んでいた。
安全を考慮して、2月にパナに引越してきた。

3月12日の午後、パナへ。
アメリカから獣医たちが来て、動物の避妊手術を無料で行うキャンペーンをした。
彼女に誘われて、私も様子を見に行ってきた。
動物を手術しているのを生で見るのは初めてで、すごく印象に残った。
内蔵っていうの??なかなか、生々しかった。
手術のあと、動物たちは麻酔の影響もあってぐったりしている。
それに、飼い主たちが、寄り添っている。
彼女がその姿を見て、「本当にステキなことでしょ」と笑顔になる。

彼女はプロジェクトを通して、7人の少年(青年?)を育成している。
彼らにちょっとした給料を払い、植林をしたり、自然公園を手入れしたり。
前の町で、高校を卒業しても職がなく、悪に手を染めていく少年たちを見てきた彼女。
「働いて、お金をもらうこと」の大事さを、感じたそうだ。
その7人から、何かが始まり何かが広がる事を、彼女は信じている。

その、動物キャンペーンに3人の少年が来ていた。
初めての私の印象は、「ちょっと、ボーっとしている感じ」
もちろん、3人それぞれ個性があるのだけど、おとなしそうな感じだった。
最後のほうには、アメリカ人の恰幅のいいおばちゃんに、
「みんな、まだ働いているのに、なんであんたたちだけ休んでいるの?
自分で仕事を探して見つけて、やりなさいよ!!!」と怒鳴られていた。
少年を育成するっていっても、難しいなぁ。と、ちょっと人事のように思っていた。

そして、3月20日、次の週の会議の招待状を持って訪ねる。
そのまま、色々な雑談が始まる。そして、彼女の撮った写真を見せてくれた。
その中に、あの時の3人の写真もあった。

「彼らはね、ああ見えてもすごく成長したのよ。おばちゃんは怒っていたけど、あの時は2日間のキャンペーンの最終日の午後で、疲れていたの。」
と、始まった、彼らに関する裏話。
活動が始まる前、文字が読めなかった子、ギャング集団に入りかけていた子、学校と言うものに10日程度しか行ったことがない子、そんな子達だった。
もちろん、なにか技術を持っていたり、器用な子もいる。
それが、仲間ができ、一緒に活動をはじめ、いろんな事を教えあい始めた。
そしてある日、文字が読めなくて、自分に自信がなかった子が、「本がほしい」と言った。
その時、そのおばあちゃんはすごく嬉しかったそうだ。

動物に対しても。
彼らは最初、イヌに対して愛情を注ぐなんて観点がなく、近くにいても蹴ろうとしていた。
それが、今では、世話をしたり、えさをやったり、なでてあげたりするようになった。
今回のキャンペーンのために、彼らは檻を作ったらしい。

あぁ、全然分かってなかったなぁと思った。
自分の働く基準、仕事の基準から判断して、彼らを「まだまだ」だと思っていた。
でも、彼らが歩んできた人生の側から見れば、「すごく成長した」のだ。
7人。
という人数が多いのか、少ないのかは、私にはわからない。
彼らが、最終的にどう自立していくのかも、私には想像できない。
私にわかることは、彼女が母親のような愛情を持って、彼らの成長を見守っていることか。
[PR]
by fujika0316 | 2007-03-28 01:41 | 近況


開き直ろう。

今日まで、学校はストライキ。
講習会もキャンセルになり、暇。
ま、明日から学校が始まるそうなので、少し安心。

金曜日から首都へ。
午前中には日本から地球環境部の方が来ていて、そのセミナーに参加。
参加型開発のプロジェクトについてのプレゼンや、パナマのプロジェクトの概要など。
参加型のプレゼンでの「参加」にはレベルがあるという話が、印象的だった。
これまで、環境委員会の教師達にプランを作って提出してもらったりした。
その心には、先生達に主役になってほしいという思いがあった。
それは、言葉を変えると、「参加する主体者になってほしかった」となるのだろう。
その、「参加」にもレベルがあるというのが印象的で、これから自分のやりたかった事を
説明するときに使えると思った。
後、パナマのプロジェクトの計画を立てたときに住民が書いた地図が印象的だった。

私の場合は、範囲・対象が広すぎて、内容が浅く薄くなってしまっているのが課題だろう。
その後、お昼ご飯の時間に懇談をし、解散。

夜、その参加型開発のプレゼンをしたはなわさんと友達たちと中華なべを食べに。
(中華なべは、めちゃめちゃ、おいしかった・・・・鍋、最高!!!)
皆でいろんな話をした。私の活動のもやもやも聞いてもらった。
環境教育委員会のこと。
その、責任者の女の子のこと。

対話の中で最後、「環境教育委員会、彼女に任せてみようかな」と思った。
もし、これで、一度つぶれてしまったとしても、私のこれまでの活動が心に残っているなら、
もう一度、グアテマラ人達の中から沸きあがってくるだろう。とのアドバイスも受けた。
その通りだと思った。
これまで、環境教育委員会がつぶれることは自分の活動の「失敗」だと思っていた。
でも、違うかもしれない。
それは、一つの「段階」であるのかもしれない。

今まで、彼女の態度、それに伴い他の団体がやる気がなくなっていくのが見えて、
何とも言えない気持ちだった。
実際、木曜の午後に行った水の日のイベント。講演会。
事前に彼女が招待状を送り、私たちが数団体に招待状を届けた。
結果・・・参加者 1団体。 イベントは、結局キャンセルになった。

教育省も、私がというか、環境教育のボランティアがいなくなったら、果たしてどうなるのか。
この数ヶ月、同じ教育省で世銀の予算がついた複式学級のプロジェクトが始まった。
おかげで、事務所はプロジェクト一色。上司も忙しいし、同僚もそれに借り出されている。
環境教育の重要性なんて、感じられていない。
それが、孤独感につながっていたのだけど・・・。

それと、教育省の責任的な参加を求めている環境系団体たちの間に挟まれていた。
どうにかしなきゃという思いと、なかなか、どうにもできない現状。
グアテマラ人の上司に任せるしかない状況の間で、“うんうん”うなっていたように思う。
でも、もう活動終了まで後3ヶ月。
いきりたっても、3ヵ月後にはこの場から離れなければならない。
環境教育委員会の彼女にしても、私がいなくなれば、彼女のやりたいようにやるだろう。
人がついてくるかは、別として。
その、いつか始まることが、私の目の前で始まっただけなのだ。
それこそ、私が帰った後は、まさにどうすることもできない。
なら、このまま、様子を見ていこうかな。と思うようになってきた。
後、できることは、他の環境団体の技術者たちと、1対1の対話だろうか。
彼らが、実際どう感じているのかも、話を聞いてみたい。

以前、「Fujiは、どうせ、後少しでいなくなるでしょ。この話し合いは、その後のことだから、関係ない」と言われたとき、どうしようもなく悔しかった。
それは、今まで私も中途半端な気持ちでやってきたのではないからだと思うんだけど、
今となれば、「ま、それもそうか」と思うようにした方が、賢いかもしれない。

4号報告書に、書いたこと。
「協力隊として、自分の技術を誰に教えていくのか、誰にいい影響を与えることができるのか、何を変えていくのかは、常に考えるべきことであると思っている。それが、私の場合、自分の所属している教育省ではなく、カウンターパート、環境団体、小学校の環境委員会の先生たち、CTA達が中心になっている。残り半年、自分の所属している局や事務所に、何ができるだろうか・・・。模索したい。」

今の気持ちも、まさに、この通り。
ある意味、残り3ヶ月。つまり、2年間のまとめのとき、次の進路への準備のときだ。
ここで、下手に動くよりも、環境団体達、CTA達、先生達に任せ、
最後の励ましを送るときなのかもしれない。

開き直ろう。
最初、彼らが、「環境教育委員会を利用して、他の仕事もしよう」との発想自体、
「なんて、自分勝手なんだ」と思った。
でも、ある意味、「利用しよう」とも思われないような魅力のない団体よりは、
いいのかもしれない。ましかもしれない。これからのことは別として。

彼女たちは、私が来るずっと前から、環境の仕事、環境教育をしてきた。
私がいなくなった後も、続けていく。
その自信が、「相手から学ぶ」という謙虚さを忘れさせてしまったのだろう。
それって、「自信」じゃなくて「慢心」???
でも、もう一度、また、うまくいかなくなったとき、
原因を、自分の中に見つめ始めたとき、彼女の気付きが生まれるかもしれない。
でも最後、全員の前で、私のメッセージは伝えておこう。

そんな風に、私の気持ちも変わってきた。もう一度、原点に戻ろう。
「主役はグアテマラ人」
はなわさん、ありがとうございました☆
[PR]
by fujika0316 | 2007-03-27 07:52 | 近況


前へ

先生たちのストライキは続く。
今月予定していた講習会が、次々とキャンセルになっていく。
というか、全部キャンセルになった。
今回の講習会が、私の最後の講習会と決めていた。
これで、会えるのが最後になる人も沢山いた。
もう一度会いたかった人も、沢山いた。
気持ちが晴れない。

やっぱり、途上国で活動する限り、自分ではどうしようもできない事が沢山出て来る。
そんな時、もう、嫌になってくるとき、カウンターパートに言われた
「続けて、続けて。何があっても、環境教育は大事なことだから、続けて。」
という言葉を心の中で繰り返す。
「続けて」は直訳だけど、日本語にしたら「前へ」となるのだろうか。
何があっても、前へ。前へ。
彼女の言葉を、繰り返す。

21日。先週校長先生達への講習会がキャンセルになり、技術官たちだけが対象に。
日付が変更になった技術官達になんとか、連絡を取る。

朝8時。   開始予定時刻。
遅刻しそうだったので、バイクタクシーに乗る。
会場に着くと、今回の講習会の講師達は来ていなかった。
3人の技術官の代理の人たちと雑談をしながら待つ。
これが、技術官たちだからなんとか待っていてくれるものの、校長たちだったら、
かなりのひんしゅくだ。意外と、教師たちは時間を守る。
私がいなくなった後、どうなるのだろう。

9時。講師担当の団体が到着。 もちろん、謝るわけがなし。
その後、少しずつ技術官たちが到着する。私も電話を掛ける。
そして、10時15分ごろ、なんと19人目の参加者が来た。20人中19人。95%。
ありえない。最高です。今までで一番。
実は、この日、全国の教師たちが首都に集合してデモを行っていた。
多分、そのせいでほとんどの技術官が暇になったのだろう。
にしても、これだけの人が集まってくれたことは本当に嬉しい。
悲しいこともあれば、嬉しいこともある。

とにかく、自分に無理はせず、適度に気分転換しつつ進んでいこうと思う。
[PR]
by fujika0316 | 2007-03-23 07:56 | 近況


誕生日

卒業式シーズンに生まれたくなかった。
高校時代から感じていた、「ついで」感。
たぶん、この寂しさは、同じような経験をしている人しかわからないと思う。

今年、誕生日、グアテマラの家族に忘れられた。
というか、半分無視された。
こんな誕生日、一生忘れられないと思う。

この一年間、確かに家族ともいろんな問題があった。
部屋に合鍵で黙って入られていたり、私も怒ったり。
でも、一年で、こんなに変わるものなのかと思う。
前日の夜、その家族の母親がケーキを焼いていた
いつもは、特大ケーキを2,3個焼くけど、今回は一つ
今まで、もう家族と思わずにアパートに住んでいると思おう,と自分に言い聞かせてきた。
でも、ケーキを焼いてくれているのを見て、そんな自分を反省

当日の朝。
「おめでとう」の言葉もなく、始まったのは「電気代が高い」との愚痴。
私が、シャワーを浴びる時間が長いと、暗に言いたいらしい。
家族に黙って使っている電気コンロ。家族は知っている。私も気付いている。
それも、「高くつく」と、言いたいらしい。
朝から、気分も落ち込んで、仕事へ。
家を出る前に、発見した。
昨日焼いていたケーキは、私用ではなく、販売用だったのだ。

学校へ。今日は教師たちへの講習会。
事前に、教育技術官に「教師たちは参加するか?」と確認して「参加する」と言ったのに、
行ってみたら、その技術官と、2人の教師だけだった。
実は、14日の水曜日から給料アップの要求を元に教師たちが全国的にストライキを始めた。
バスの中から、不安でしょうがなかったけど、やっぱり先生たちは来なかった。
技術官の言い分としては
「私は書類を送った。だから、仕事として教師たちは来ないといけない。
でも、今、ストライキをまとめているリーダーたちが“もし、学校に行ったり、講習会に参加したら、教師としての職を奪う”と言っているから来たくても来れないのだ。」ということだ。
その、言い分も、わかる。
でも、環境教育委員会の中で教育省に配属されている人間として、他の団体の事も考えなければならない。葛藤。
ただ、環境団体たちもグアテマラ人だけあって、教師たちのストライキには慣れている。
私たちが直接攻められないだけ、気持ち的に助かる。

そんなこんなで、事務所へ。
来週の、水、木、金と予定していた校長先生達への講習会はキャンセル。
そして、技術官たちへの講習会が水曜日の1日にまとめられることに。
その日程の変更を伝える、書類を作り、送らなければならない。
講習会がなくなったときは、そのまま誕生日の休みをもらおうと思ったけど、不可能だ。

事務所に着くと、算数プロジェクトのメンバーも、学校がなかったので事務所にいた。
そして、書類を作り始め、アンケートを直してもらい、と進めていく。

そして、12時ごろ、ケーキが。
同じ事務所のしほちゃんが、走り回って準備してくれた。
あぁ、やっと、「今日が誕生日なんだな」って思った。
皆が、歌を歌ってくれて、グアテマラ恒例のケーキに顔をつけるやつ。
これ、グアテマラを去る前にできてよかった☆
その後、皆でおやつの時間。
事務所のみんなが、なかなか協力してくれないなか、頑張って準備してくれたのが、
本当に、本当に嬉しかった。 ありがとう。

その後、家に帰ってお昼。金曜日なので鶏肉。
やっぱり、おめでとうの言葉もなく、更に、また、良いお肉は家族のためにとっとかれて、
一番貧相なのが来た。
こんなことは今に始まったことではないけれど、「誕生日にまでなんで差別されるんだろう」
と思うと、涙が出てくる。じっとこらえて、食べ終わって、首都に向かう。
今日は、現職で先に帰る同期の最終報告会。
バスの中、涙をこらえることが出来なかった。

国際電話で親が「おめでとう」と言ってくれた。
もう、涙をこらえるのに必死だった。
その後、そこに居合わせて私がうるうるしているのに気付いた女の人が、
さりげなく励ましてくれた。それが、すごく嬉しかった。優しい人もいる。

結局、最終報告会には間に合わなかったけど、同期に会えてちょっと安心。
夜はモンゴル焼肉を食べに行く。鍋も一緒に頼んで、おいしい夜ご飯を食べた。
その後は同期の家に泊まりに行って、弟が持ってきてくれた梅酒を飲んだ。

誕生日。いろんな事を感じた、考えた一日だった。いろんな人を思った一日だった。
決めたこと、
いつか、自分が生まれてきたこと自体、自分が存在すること自体を、
喜んでくれる人に、祝ってくれる人に、出会いたい。
[PR]
by fujika0316 | 2007-03-22 07:05 | 近況


忍耐

今週の月曜日、AMSCLAEの事務所で、環境教育委員会の会議があった。
C.Pは、事務所の仕事に連れて行かれたので、私だけで参加。
教育省からしっかりとした代表者を出すように、要望する書類を皆が作った。
少し、表現がきつい。でも、細かいことはわからない。

その後、講習会についての話し合い。
プレゼンの内容を作り直し、各場所での担当について話し合う。
他にも、水の日のイベントや、学校単位での講習会の要請に、どの団体が行き、
どの団体が話をするのかを決める。
その時、
「環境教育委員会は、どこの団体のものでもないから、それを明らかにしないとね」と、
私の目を見ながら、委員会の長となった子に嫌味を言われる。
去年の6月に環境の日のイベントをしたときに、新聞社が
「イベントは、ボランティアと教育省で行った」と、報道した。
これは、間違ってはいないのだが、他にも共催をした環境系団体があり、そのことについて、
触れていなかったのがまずかった。

でも、もうそれは解決したことであり、約1年前のことだ。
更に、私達に環境教育委員会を「のっとろう」なんて気持ちは微塵もない。
でも、やっぱり、ずきんとする。

この、委員長となった子は、私より少し若い女の子なんだけど、性格がきつい。
私だけでなく、他の団体も批判する。
私は、参加意欲のない団体も、直接訪れて信頼関係を築いてきたけど、
彼女は、「参加しないほうが悪い」と言って、切る。

見守り、一緒に成長して行きたい私と、
「意欲のない人が悪い」と言って、切る彼女。

基本的に、価値観が違うのだ。

そして、最後に、「衛星委員会を、環境教育委員会と合体させたい」との意見が、
そのAMSCLAEの他の技術者から出る。
つまり「参加率の良い環境教育委員会の会議を利用して、衛生委員会の仕事も片付けたい」
のだ。

彼らは、「なぜ、環境教育委員会の参加率が良いのか、気付いていない、わかっていない」
それは、
私が、1年掛けて自分の足で事務所を回り、一人ひとりと話し、信頼関係を築いてきたからだ。
彼らが、仕事をしなくても、約束を破っても、相手を攻めることはしなかった。
次を信じて、関わり続けてきた。
そうやって、築いてきたことが理解されないことは、悲しい。
このまま、彼女のやり方で良くと、確実に参加者は減る。彼らのやる気は、0に戻る。

更に、私は、ずっと前から、自分のスペイン語力のなさ、
環境に対して日本人が持つ一般的な知識以上の事を持っていないことはわかってた。
更に、それをスペイン語で授業・説明しようとすると散々なことになる。
それも、わかってた。
ほとんどの人は、それを「理解」してくれていた。
でも、彼女はそれを、馬鹿にしていた。それは、なんとなく気付いていた。
でも、我慢していた。私にも原因がある。
それでも、そろそろ、限界だ。

彼らは、環境教育委員会が、正式な団体になるように色々、手を尽くしてくれた。
それは純粋に、環境教育を広めたい、発展させたいとの思いだと思ってた。信じていた。
でも、そうではないのかもしれない。
これから、どうしたらいいんだろう。

環境教育は、環境について話すことだけではない。
そこには半分以上の“教育”のエッセンスが必要だと思う。
私は、環境においてはスペシャルな人じゃないけど、「教育」の部分で、
何か貢献できる事を信じてきた。
「教育」とは、「環境教育」とは、何なんだろう。
[PR]
by fujika0316 | 2007-03-15 08:46 | 近況


意識の差

実は、3月2日に今年度第1回の環境委員会の教師らに対する講習会をした。
対象は、ソロラ市の中の一つの地域の教師たち。
ここは、去年の教育技術官があまり仕事をしてくれなかったので、1回しかできなかった。
でも、今年は計画書もほとんどの学校が提出をしてくれ、講習会も連続してできそうだ。

ということで、朝の7時半、公園にリサイクルセンターのおばさんと待ち合わせ。
バスに乗ると、同じ事務所の算数プロジェクトの隊員に偶然会った。
そして、学校へ。

バスの中で、おばさんが
「ヨーロッパや、アメリカだと、外国人がその国に来て英語等のその現地語を話しても、それが、当たり前だと思われる。
でも、ラテンアメリカは、その国の言語を話そうと努力すること自体を、その国の人が温かく迎え入れてくれるんだよ。」と話してくれた。
確かに、グアテマラに来て、スペイン語ができなかったとき、
「私は、あなたの国の言語を勉強するのはとても難しいと思う。
それなのに、スペイン語を勉強して、えらいねぇ。」
といった事を、何度も言われたことがある。あぁ。これは、ラテンアメリカだからか。
更に、私のいる地域は93%がインディヘナの人たちだといわれている。
彼らは、家の中でマヤ語を話し、学校でスペイン語を習う。
だから、外国語を学ぶ苦労を少しは理解してくれるのだ。

そして、到着。
学校の先生たちだと思われる人が、ちらほら。
教室では、カウンターパートと教育技術官が待っていた。挨拶をして、その人は会議へ。
しかし、他の環境系団体の姿は見えない。
8時20分ごろになり、先生たちもそろってきたので始める。  まだ来ない。

ということで、先生たち一人ひとりに自己紹介と、その学校での活動を一人一言紹介。
ごみのこと、庭造りのこと、保護者への講習会のこと、皆が自分の企画を話してくれた。
その間に、電話を掛けに走る。
みな、「今、向かっている」とのこと。  あーーーあ。

結局、皆が着いたのは開始予定時刻の1時間後。
これを、最初で最後にしないと、もう、教師たちは講習会には来ない。

そして、始まり。
リサイクル担当のおばさんが、リサイクルのために集めている資源の説明、
紙類は、分類して、ホッチキスのしんや、のり類はとる事を説明。
後は、びんやペットボトルの説明。
グアテマラでも、首都にリサイクル工場があるが、資源が汚れていたり品質が悪いと
回収してもらえないことの説明。

その後、質問の時間。  一人の教師が手を上げた

「なぜ、工場のために、私たちが面倒くさい仕事をしなければならないのか?」

びんを洗ったり、ノートを一枚一枚はがしたり、しんをとる作業が面倒だと思ったのだろう。
でも、その、発想というか、意識にびっくりした。

リサイクルは、誰のため・何のためにやるのか。

工場のため?   お金儲けのため?

確かに面倒なことも多いし、お金儲けには、ならない。

でも、1トンの紙類をリサイクルすると、
17本の木と、450,000リットルの水と、60%のエネルギーが節約できる。
つまり、環境のため、地球のためだと思う。

そして、その質問が「先生」との立場の人から出たことも。

もちろん、他の質問の時間に、感謝の気持ちを伝えてくれ、
一人の市民として、環境のために、ごみを適切に処分し、リサイクルを始めたい。
と言ってくれた教師もいた。
やはり、こうやって現場に少しでも触れないと、空回りになってしまう。
相手のレベルに合わせることが、一番大事だ。

それでもまだまだ、道のりは長い。
[PR]
by fujika0316 | 2007-03-12 23:44 | 近況


3月8日 世界 女性の日

今日は「女性の日」らしい。
ということで、朝から事務所の女性全員が所長の部屋に呼ばれた。
感謝の言葉があり、その後、一人ひとりハグをしてプレゼントをもらう。
ちなみに、プレゼントは、ファイルだった。

その後、パナハッチェルへ。
今日は環境教育委員会の会議。
なんだか、もやもやしたまま、参加。
ちなみに、私のカウンターパートが月曜日に変更になった。
前のカウンターパートは、インディヘナのおじさんだったけど、いい仕事が見つかったらしい。
今の、事務所ではプレッシャー(期待というより、圧力)が大きいし、遠い。
上司からは、いつ左遷されてもおかしくない状況だった。

ということで、同じ局で、他のプロジェクトをしている人が、カウンターパートになった。
その人は、小学校の先生で、なかなか機転も利く人。
ただ、かなりのナルシストなのが難点。ま、しょうがない。

着いたら、約半数の人が来ていた。
今回の主なテーマは、講習会の内容の再確認、反省会。
そう。3月2日に第1回目の講習会を、ソロラ市の一つの地域を対象にやった。
でも、開始時間に来た団体・・・3つ。
遅刻1時間・・・3つ。
ということで、はじまりから散々な内容に・・・。
ということで、反省会。

各テーマのプレゼンの内容を確認して、アドバイスを言い合う。
私の担当は、リサイクル。パナのスイス人のおばさんと担当。
パワーポイントの内容は、O.Kをもらったけど、スペイン語は間違いだらけ。
女性名詞に、複数形、等々。さすがに、夜中に作っただけの事はある。
今度、新しいカウンターパートに直してもらうことに。

後は「なぜ、教育省が、講習会の内容に実験がある事を伝えなかったのか?」と批判。
私は、その「伝える」という内容を勘違いしていて、
「講習会当日に、“今日は実験をしますよ”と言う事」だと思っていた。
でも、彼らの話だと、
「事前に、書類を通して、教師たちが一人人袋の生ごみを持ってくるように伝える」
ことだった。
あぁ。スペイン語、完全に理解できてなかった。
だから、教師らが、生ごみを持ってこなかったことが、私の責任になったのだ。
私がスペイン語を理解してなかったことが原因だと知り、
彼らは、私を追及することはしなかった。
でも、悔しかった。
やっぱり、あいまいなことは、何度も確認しないといけない。
去年は、私のカウンターパートが私の足りない分をかなり補ってくれていたけど、
やはり、一人では限界がある。
あー。悔しい。

最後には、これからの日程を確認して、担当を確認して終わる。
環境系団体にとって優先順位は、環境に関する彼らの仕事の次に、環境教育が来る。
でも、私の事務所の中では、私の所属する局の中では、
環境教育の優先順位なんて、かなり下だ。
だから、所長や局長の協力を得られないことなんて、ほとんど。
それでも、何とか工夫してやってきたけれど、なかなか、その状況を理解してもらえず、
自分の事務所の不協力に関して、自分が責められる。
間に挟まれるとは、辛いものだと思う。
自分がボランティアだということで、若い女性だということで、見逃してくれていることが
沢山ある。でも、この状況を続けるわけには行かない。

もう直ぐ、自分の任期が終わり、後任が来る。
それまでに、少しでも、状況が良くなればと思う。
[PR]
by fujika0316 | 2007-03-11 10:23 | 近況


湖へ

今日の午後は、以前サンティアゴ・アティトランに行った時に知り合った、
あるNGOの人に会いに行ってきた。
その人は、日本にも行ったことがあり、琵琶湖にも行ったと言っていた。
そのNGOの話を聞くと、半数以上が博士課程を修了しているとのこと。
予算を削減するために、事務所はなく、自宅を事務所代わりにしていること。
更に、私は3代目の隊員なのだけど、初代の隊員と活動もしたことがあるとのことだった。

ということで、パナハッチェルへ。
目印は、「白い壁で青い屋根の家」。なんて、可愛い目印。
その家に着くと、以前、宿と間違えて値段を聞いたことのある家だった(笑)
奥さんは、毎日ソロラに来ているらしく、見たことのある人だった。

リビングには、沢山の、沢山の本が。
そして、なぜ、琵琶湖・日本に行ったことがあるのか?を聞いた。
すると、2001年に行われた、第9回世界湖沼会議に参加したとこのことだった。
本棚にはその時の報告書を初め「琵琶湖の写真集」「世界の湖写真集」等資料が。

そして、「私の事を、今まで聞いたことがなかったか?」と聞かれた。
私が「ない。前回、サンティアゴで会ったときが初めてだった」と言うと、
「本当に?」と念押しされた。
そして、AMSCLAEという団体の、活動報告書を持ってきて、「ここを見て」と。
そこには、彼の名前があった。
突然で、意味をつかめない私に、
「私が、最初のAMSCLAEの所長だったんだよ」・・・と。

AMSCLAEというのは、副大統領の直属の環境団体で、
アティトラン湖の環境の現状を調べたり、環境保護の活動をしたりしている政府機関。
今は、その中の一人の技術者が環境教育委員会の委員長をしている。
環境団体たちの中でも、積極的な団体。
私は、今のメンバーはほとんど知り合いだけど、彼が初代の所長だったとは知らなかった。
というより、彼の存在自体を知らなかった。

「AMSCLAEは、私の家の、この机から始まったんだ。
ここに、パナハッチェルの市長を呼び、意識ある人を呼び、国会にも行った。
そうして、団体として発足することができたんだよ。」と。
ちなみに、彼が日本での世界湖沼会議に参加したときは、すでに所長だったらしい。
今でも、報告書の編集・翻訳も手掛けている。
著者一覧には彼の名前があり、日本の何人かの教授の名前も知っていた。

他にも、いろんな、いろーーーんな話を聞いた。
私にとって、衝撃的な話も多かった。  今でも、まだ、消化できていない。
彼がAMSCLAEの所長だったときに、教育省は、一度たりとも協力してくれなかったらしい。
彼が、次の代のために残していた、環境教育のプロジェクトは、全て、消えたと。
なんだか、今まで自分が一生懸命やってきたことに、少し疑問を感じ始めた。
疑問を感じ始めたというよりも、なんだか、もやもやし始めた。

他に、印象的だった話は、
「たとえ、おばちゃんたちが湖で洗濯したとしても、問題はない。
それを無理やりやめさせることよりも、人々が、湖に行かなくなること、湖に触れなくなることの方が大きな問題だ。
琵琶湖も、そうやって汚染が激しくなった。日常の生活の中で、自分の家の中で、水を汚染していることに気付かなくなる。それが、汚染を増大するのだ。」
という話だった。
これは、日本のある教授に聞いた話らしい。

「湖に触れること、湖に行くことの大切さ」
そんなこと、考えたこともなかった。
いや、考えたことはあったけど、わかってなかった。今でもわかってないと思う。

なんだか、今でも、頭の中は整理できていない。
[PR]
by fujika0316 | 2007-03-10 00:55 | 近況


3月1日 PNUDでの会議

今日は、PNUDでの会議に参加。
何故か、先月所長から会議へ参加するようにとの書類が来たので、CPと参加。

でも、その前に、「ラジオ レトロ」へ。
以前、事務所の広報担当者にソロラ県担当の新聞記者とつなげて欲しい。事を伝えたら、
ある人を紹介してくれて、その人に電話したら、「明日、会おう」ということに。
待ち合わせはラジオ局。
そう、そのおじさんは、新聞社の通信員であり、自分のラジオ局も持っていたのだ。

朝8時に行くと、おじさんはすごい勢いでしゃべっていた。
原稿の内容は・・・

「ソロラ県の殺人・死亡・交通事故のニュース」

警察からのFAXを読んでいた。
内容を見ると、この3日間の間にソロラ県中で10件以上の事件。
普通に過ごしていると、危険は感じないけれど、やっぱり安全ではないのだろう。
まぁ、殺人事件は、ほとんどが怨恨だそうなので、多分大丈夫だと思う。

そして、その後、マイクが後ろの音響の部屋から渡されてきた。
ん?
ということで、最後の10分私もしゃべることになった。
まぁまぁ、環境教育委員会のこと、自分の活動のこと、日本のごみシステムのこと等々、
なんとなく、話した。
たぶん、質問に答えていたかな・・・・?と思う。

その後、PNUDの事務所へ。
部屋に着くと、会議は、大分進んでいる感じ。しかも、教育省からの参加者も。
一瞬、帰ろうかと思ったけど、まぁ、せっかくだから参加することにした。
会議の対象は、CODEDEといって、ソロラ県の様々な行政機関の中心者達。
内容は、PNUDが、ソロラで環境のプロジェクトをすることになり、その説明。
そのプロジェクトのリーダーを探していることや、会計について等々。
そんな情報について聞く機会なんてないので、勉強になった。
最後「プロジェクトのお金は、これらの対象には使えません」というリストが読み上げられた。
それが、「内部の人間の食事はだめ」とか、「フラワーアレンジメントは買えない」等々、
なかなか面白かった。ガテ人も笑っていた(笑)
残念ながら、プロジェクト大綱の説明は私が着いたときには終わっていたけど、
レジュメをもらったので、これから読もうと思う。
このプロジェクトが、これからどのように動いていくのか見たいけれど、
6月の終わりには日本に帰るから無理だろう。ま、しょうがない。

この会議で、以前、パナで知り合ったスペインからのボランティアにも会った。
後、ずっと、ずーーーーっと会いたかった、農牧省の県の責任者にも初めて会えた。
何回も、何回も農牧省の事務所を訪ねているけど、「いつもいない」人。
もちろん、環境教育をこれからも応援してもらえるように頼んだ。
最後に、人間開発報告書のグアテマラ版と、マヤの宇宙観の本をもらって帰る。

プロジェクトといっても、日本人の私が聞いてもびっくりするようなお金が動いている。
このお金で、事務所を借り、パソコンを買い、人を雇う。車も買うかもしれない。
一日野菜を売って、30ケツ(約450円)やっと稼ぐ市場のおばちゃんがいる一方で、
数千ドル単位のプロジェクトが、動いている。
なんだか、いろいろ考えさせられた一日だった。
[PR]
by fujika0316 | 2007-03-10 00:52 | 近況


月光

空が雲で覆われたとき、人は、その向こうに太陽があることを、
どうやって信じているのであろう。

切れ間から差し込む、光の筋であり、
飛行機に乗って、雲を突き抜けた後に見た、光の王国であろうか。

今日、仕事からの帰り道に見た月は、
雲で薄暗く覆われた空に、ぽつりと、うす赤く、うす金色に、光っていた。
午後6時のグアテマラの月は、
午前9時の日本の太陽に照らされて光っている。

その月の光は、雲の暗さを突き抜けて、私のところに届いた。
まるで、日本からのメッセージを伝えんとするかのように。

                                      2007年2月28日。 
[PR]
by fujika0316 | 2007-03-02 03:28 |

    

世界一美しいといわれているアティトラン湖を擁する、グアテマラのソロラ県で環境教育の活動をしています。思ったことを、素直に・・・
by fujika0316
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
以前のブログ
2006年5月に、ネット接続上の都合により、以前のブログから引越してきました☆
以前のブログは、「Pu-ga」

http://white.ap.teacup.com/fujika0316/

駒ヶ根訓練所での訓練の様子からかいているので、時間があったら、遊びに行ってやってくださいな!!
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧