空ノウタ


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活動してんの????

最近、旅行の報告があまりにも多く、
                 「活動してんの???」
とのつっこみが、聞こえてきそうだったので、自分で突っ込んでみました。


そうですね、ぼちぼちです。

親が帰って行ってから2週間。今日まで、本当にあっという間に時間が過ぎました。
学校は長期休暇なので、事務所での仕事。
月曜日は、ソロラにある大学との会議。
湖畔の村で、来年予算がついてプロジェクトをやる事になりました。

火曜日は、体調壊してダウン。水曜日は、次の日の授業の準備、つまり、

木曜日は、大学で、子ども達との最後の授業がありました。
以前、日記で、子ども達との最初の授業で、森の中を散歩して、楽しかった事を書いた。
でも、メキシコに行くために首都に上がる前日、もう一回授業があったんだけど、

大きい子ちゃんたちの授業で実験をしたけど、全く彼らにとって面白くなかったらしく、
半授業崩壊。

ちいちゃい子ちゃんたちの授業では、土に穴を彫って、果物の皮を入れる!!
ミミズを探す!!
という事をやりたかったけど、けんかが始まり、仲間割れし、最後には一人泣いてしまった。

そんなこんなで、やる気があったところを自信をすっかりとなくし、
メキシコには散々な精神状態で出発したのです。

そして、今回、最後の授業。

色々悩んで、考えた末、
大きい子ちゃんたちには、ネットから環境に関する写真や資料、ビデオを探して紹介。
最後に、地球か、アティトラン湖に対して手紙を書いてもらう事に。

ちいちゃい子ちゃん達には自然を使った工作をしてもらう事にしました。
森から、葉っぱをちぎってきて、紙の上に乗せる。
その上に布を敷き、上からとんかちや石を使って叩き、色素を紙に写す。
それを使って、お絵かき。

結果のほうは、

ちいちゃい子ちゃんたちのほうは、最初は喜んで作業していました。お絵かきも進む。
自分で、創造し、工夫して作品を作る子も出てくる!!

うるさいとの苦情

50分後、集中力が切れて、かけっこ大会の始まり。



あちゃーーー。

若干、落ち込みかけたけど、ちいちゃい子達が90分も、集中力が続くはずが無い!!
と、開き直り、これで、「ま、いいか。」ということにした。

日本の小学校や幼稚園の現場で働いているだろう、友達達が、あらためてすごいと思った。
私も、帰って修行しないと・・・。

大きい子ちゃんたちは、この2週間でメンバーに変化が出ていた。

まず、前日の準備の時点で、酸性雨の被害状況や、ヨーロッパの地図、
そして、水俣病の状況の写真をダウンロードしておいた。
それを、P.Pにのっけて、簡単なプレゼンの作成。

当日は、まずは環境省作成の去年のハリケーンのビデオ。
このビデオだと、木や森がないと土壌が侵食して、土砂崩れが起きる過程が、
映像で分かりやすく説明されている。
ハリケーンの被害の様子も。

このビデを見ると、先生方も、子ども達も、環境に対して考え始める(ように、見える。)

そして、色んな写真の紹介。
酸性雨が起きる過程や、その恐ろしさ。
水俣病の写真は、皆にとって、少しショックだったみたい。

最後、出回っている「2070年の手紙」のP.Pを見る。
子ども達の口々に、「やっぱり環境は大事だね」
「こういうことや知識を、もっと、多くの人にい教えてあげないとダメだ」
との声が上がる。

嬉しい。

最後、皆がアティトラン湖に対する手紙を書いて終わった。

今回は、映像の力もあって、皆も満足してくれた様子。あーーーー、よかった。
前日、緊張して眠れなかったよ。

最後、ソロラ市の中心地まで、何人かとバスで帰る。

そのバスは、ソロラ市を巡回するバスで、運転手はおじいちゃん。
そのおじいちゃん、バスに乗るときに、子ども達一人一人に声をかけていた。
一人の子の頭を、くりくりっとなでて、大きな声で笑う。
歯が抜けているところが、また愛嬌のあること。

そのおじいちゃん、中心地の街中を走っている時、知っている人を見かけると、
「おう、元気かーー??」と、声をかける。
また、声をかけられたほうも、嬉しそうに返事を返す。

このおじいちゃん、町と共に、バスと共に、いろんな人と共に、
年をとってきたんだと思うと、何だか不思議な気持ちになる。
すごく、幸せそうに見えた。
私にも、笑顔と「元気でねーー」との言葉をくれました。ありがとう★

金曜日は、環境系団体のAMSCLAEの5年間の計画の発表の会(何て言うの??)に参加
この団体は、副大統領直轄なので、その秘書、
県知事、市長、各団体の所長、大学の学長、そして、ボランティア達が着ていた。
パナハッチェル市で、一番高いホテルでの開催。私も始めて入りました。

私が一番感銘を受けたのは、ある大学の学長との雑談。
彼は、以前、教育省県事務所の所長をしていて、研修で日本にも行った事がある。
まだ、40代前半なんだけど、学長をしている。
それが、環境のプロジェクト、貧困をなくすプロジェクト等々、
自分で、グアテマラ西部地域に必要なプロジェクトを発案・企画して、実行している。
この大学、私立なのでお金があるのはもちろんなんだけど、
こうして、途上国の大学が、こんなにプロジェクトを実践していると思わなかった。

途上国の大学院で学ぶと、実践しながら、研究を進められると聞いた事があるけど、
「こういうことなのかなーーー」と思った。
こう、久しぶりに、エネルギッシュなグアテマラ人を見ました。


長くなるので、先週に関してはこの辺りで。
先週末と、今週に関しては、パナマ出発前に、アップできるかなーーー??
流れるかなーーー???
ま、のんびりと・・・。
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by fujika0316 | 2006-12-09 21:20 | 近況


何を見に来たの??

母親とのグアテマラ旅行の続きです。
ソロラ2日目、 火曜日。市場の日。

今日の予定は、市場の見学、私の配属先、教育省県事務所の見学、
そして、カウンターパートに、お家でのお昼ご飯を招待してもらったこと。
そして、午後からは、サンティアゴ・アティトランのハリケーンの被災地の見学。

と、行きたいところですが、環境系団体の会議が入る。
本当は、私がメキシコにいる間に、会議は開催されていたはずなんだけど・・・、
グアテマラに着いて、一番に連絡したら、日程を変更して私がいるときの開催に・・。
ま、しょうがない。大事なときですから。

朝一番に、母親と環境団体のAMSCLAEの事務所に。
私は、15分くらいで抜けようと思っていたけど、そうも行かず・・・。
結局、母親が、隅っこで本を読みながら待ち、話し合いは続く・・・。
その日は、Actといって、承認書??見たいな物を作成し、
皆でサインした。
これから、環境教育委員会は、正式に、委員会として活動を始めます。

それは、いいことなんだけど、待たせてごめんなさい・・・。
その後、市場を見学。
みんな、おばちゃんや子どもたちが地べたに座って、野菜や果物を売っている姿を見て、
またまた「戦後の日本みたい」を連発。

確かに、カンボジアに初めて行ったとき、「戦後の日本て、こんな感じだったのかなー??」
って、何度も思ったけど、実際に戦後の日本を見た人が言うと、説得力ある。
でも、私は、その人間くささ、人間の距離の近さがすきなんだけどね。

その後、事務所に行くが、おやつの時間でほとんどの人が出払っていた。ま、いいか。
裏の学校から、アティトラン湖を眺め、回り道をしてカウンターパートの家へ。
子どもたちの写真や、彼女の結婚式のアルバムを見て盛り上がる。
そしてご飯。
今日は、ウサギの肉のトマトソース煮込みと、ブロッコリーと、ご飯。
彼女のお兄さんは、動物屋さんをやっていて、ウサギを何百匹も飼っている。
そして、レストランから電話が入ると、絞めて、出荷するらしい。

以前、そのウサギの肉を料理して事務所に持ってきてくれた。
その時、ウサギ好きの私は、生きている可愛いウサギが頭に浮かんで、
食べる事ができず、半泣きになってしまった。
それを面白がって、私のお母さんにも、ウサギの肉を食べさせる!!!!
と、カウンターパートが張り切っていたのです。

結果は、ちょっと硬い牛肉みたいで、普通に食べました。
お母さんには、その日の夜まで内緒にしていました。
私は・・・・。ウサギと思わず、にく、にく、にく、と言い聞かせて食べました。
ああ。いい経験・・・。

そして、午後は船に乗って湖の反対側の街へ。
サンティアゴ・アティトラン
ここは、去年のハリケーンのときに、村が一つ、土砂崩れに埋もれた場所。
そこには、今、仮設住宅が建っているが、1年経っても出ることができない。

その現場を見てほしくて連れて行った。

ピックアップトラックの荷台に乗り、その村へ向かう。
着いたとき、風邪は強く、砂埃は舞っていた。
同じグアテマラでも、アンティグアやソロラと違う雰囲気の場所。

仮設住宅に向かって歩き始めると、母親に尋ねられた。
「何で、ここに来たの??」

確かに、わざわざ、飛行機に乗って地球の反対側に来たのに、
こんなに汚い場所を見に来る必要は、ないのかもしれない。

私は答えた。
「何を見に来たの??」

すると、お母さんは黙ってしまった。  ごめんなさい。
ちょっと、きつい言い方だったかな。

でも、それが私の本心。
確かに、グアテマラは、きれいな場所も、世界遺産もある。
民族衣装や、民芸品も、見所が沢山ある。

でも、観光としていい国だけだったら、
協力隊が、ボランティアとして働く必要がないのではないのだろうか?
この世の中は、この世界は、きれいなことだけじゃない。

汚いことも、矛盾も、不条理も、沢山ある。問題だって、沢山ある。

だから、ボランティアや、援助の存在があるんだと思う。
その汚い現実に、矛盾に、自分自身の矛盾から目をそらせたら、
本当に、何も見えなくなってしまう。
眼をそらせたって、生きてはいけるのだから。

私だって、この1年間、この村に何かできたのか?と問われれば、
「何もできていない」のだ。
でも、ここで、初めて死臭を嗅ぎ、心を痛め、多くのことを感じてきたのだ。
少なくとも、「忘れてはいない」

そんな場所だからこそ、母親にも知ってほしかった。
今でも、ひとりでも多くの人に、知ってほしいと思っている。
そこでも、生きている人がいるということを。

この場所は、命が狙われないだけ、まだましな場所かもしれない。
世界には、もっと危険な場所だって、沢山存在している。
そこでも、人が生きている。



その後、歩き始めて、仮設住宅を回る。
生きていた。沢山の家族が、人が、子ども達が。
最後、出口に近いところで呼び止められる。
ビーズのアクセサリー、キーホルダーを売っているのだ。

その時、初めて、仮設住宅の中に入らせてもらった。
約3畳程度の広さの部屋。
そこに、マットレスが積み重ねられ、洋服類がその上に重なっている。
なんと、そこに6人が生活しているというのだ。
1年以上も

色んな思いが交錯しながら、キーホルダーを4つ買った。
もちろん、言い値で。でも、市場よりも安い値段で。
その家族は、すごく嬉しそうにしていた・・・。

私は、忘れない。 一生。


その後、船でサン・ペドロと言う街へ。
本当は、その先のサン・マルコスと言う町まで行きたかったけど、船の関係で無理だった。
次の日は、朝日を見るのがメインです。

少し、いいホテルを取り、休む。
それから起き出して、アジア料理の店へ。
そこには、同期たちと何回か行った店で、
「こんなところで、こんな料理が食べられるなんて!!」という感動を味わえる。
もちろん、母親も、おいしいと言って喜んでくれた。

その日はゆっくり休み、次の日の朝日に向けて準備。

そう、グアテマラは、この週間寒波が来ていた。
パナハッチェルなんていつも暖かいのに、私たちがいたときは、とても寒かった。
もちろん、この、朝日を見た日も。
でも、ホテルのオーナーに言って、屋上の許可を取っていたので、
部屋から、布団と毛布と朝ごはんを持って、屋上へ。
いすがあったので、毛布を引いて布団にくるまって待っていた。
その意味では、この町の、このホテルで正解だったのかもしれない。

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結果の朝日の方は・・・。
サン・マルコスの方がきれいだったけど、朝日に照らされた湖は、 やっぱり、美しかった。

湖の移り変わり

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その後、ゆっくり散歩。
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パナハッチェルに帰ってから、買い物をして、首都へ。
次の日には、2家族と合流し、無事にメキシコへと旅立っていきました。

さて、ここで問題です。

最後は、感動の別れだったでしょうか?  そうでないでしょうか??

正解は、思ったより、感動ではありませんでした。
後、7ヵ月後にはまた会えるし、どちらかと言うと、肩の荷が下りて、ほっとした。
こう、危ない国で、誰かを守りながら、通訳しながら旅行するのは、
なかなか骨が折れるのです。

でも、地球の反対側から来てくれて、本当に良かった。
グアテマラを少しでも知ってもらえた事も良かったし、
久しぶりに、色んな話をゆっくりできたことも良かった。

なかなか、落ち着かない娘ですが、これからも、見守っていてください。
いつも、ありがとう。
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by fujika0316 | 2006-12-08 03:40 | グアテマラ


母と、グアテマラ

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アンティグアの夕方

今回は、母と回ったグアテマラ旅行の紹介です。

そう。 メキシコに着いた日、母は体調を壊しました。
空港からホテルまでタクシーに乗ったんだけど、なんだかおとなしいと思っていたら、
ホテルに着く直前に、吐いてしまったのです。
同乗した、同期隊員の家族は、とても心配してくれて、薬もくれました。

更に、その日の夜は時差ぼけで眠れず・・・。
他の家族と一緒に、すっごく、遺跡や観光地を回りたかったけど、
行けませんでした。       ホテルで休養。
メキシコ料理は一切食べず、日本料理ばかり。  でも、体調が第一です。

そして、グアテマラへ。
その頃には、少しずつ、元気になっていた。
最初は、首都で友達のグアテマラ人のお家に一泊。
彼女はシングルマザーで、4ヶ月の男の子の赤ちゃんがいる。
この子が、すっごく可愛くて、私も良く遊びに行っている。

その日の夜は、彼女の話と、母親の話を通訳、通訳。
彼女は、とても頭がいいので、私のつたないスペイン語も、理解してくれる。
母親自身も、何せ年齢が上な分、いろんな経験・体験を持っているので、
彼女に色んな話を話していた。
国は違っても、相手の悩みに耳を傾け、寄り添うことができる。
彼女が悩みにつぶれないように、必死になっている姿に、母親も何かを感じたと信じている。

次の日は、アンティグアへ。
ここのメインは、ホテルでした。
パンサ・ベルデ (緑のお腹と言う意味)という、ホテルに泊まる。
このホテル、先輩隊員が「一番いい!!」といっていたホテル。
電話予約し、メキシコに行く前に前金を払いに行った。
その時、初めて中に入って、その可愛さに感動。思わず、部屋のランクもアップ。

ホテル自体も、庭も、部屋も、家具も、お風呂も、もう、全部可愛い。
私も母親も、こんな可愛いホテルに泊まるのは初めてだったので、大はしゃぎ。
何より、一番の彼女のお気に入りは、「暖炉」
マッチをつけるのも、好きではない私と違って、母は、火遊び大好き。

今回の旅行は、あまり夜遅くまでであるかず、夜はホテルで休むことが多かったので、
いつも、早めにホテルに帰っていた。
なので、その日の夜は、暖炉をつけてゆっくり。   そして、ホテル探検。

メキシコに着いて、あれだけ、「もう、海外は私には無理だ」と言っていたのに、
そのホテルと、アンティグアの町が気に入って、「ここに住みたい」と言い出したときは、
私は、かなりあきれてしまった。

でも、こんなに喜んでくれた姿を見て、本当に、本当に嬉しかった。

母は、戦後生まれ。
決して、裕福ではない家庭に育ち、色んな事を経験してきた。苦労してきた。
そんな苦労に比べれば、好きなことをやっている私は、本当に幸せなのかもしれない。
そんな、母親だからこそ、やっぱり、幸せになってほしいと思う。
少なくとも、グアテマラにいる間は、楽しんでほしいと思った。
だから、喜んでいる姿を見るのは、やっぱり嬉しい。

そして、次の日は、私の任地、ソロラへ。
最初に私の家に行き、荷物整理して、ちょっと休憩。
その後、家族の作ってくれたお昼ご飯を食べた。
グアテマラ料理、何を頼もうか迷ったけど、牛のカルド(スープ)にした。
これは、レストランと言うより、食堂で食べる庶民料理。
だけど、食堂に行くのは体調が心配だったので、家族に頼むことにした。

結果は???
スープはおいしかったけど、トルティーヤと言う、こちらの主食は食べられなかった。
とうもろこしのにおいがだめらしい。

私の部屋の感想は、「日本みたいに、床でゆっくりできないのが、かわいそうねー」
と言うことだった。
こっちの家のつくりは、靴で生活するようになっている。
しかも、家は、隙間だらけなので、絨毯なんかにしたら、大変なことになる。
自動的に、ゆっくりできるのは、ベットの上か、スーツケースで作ったソファーくらい。
私はもう慣れたけど、確かに、畳や絨毯でゆっくりできる日本のうちはいいよねーー。
ま、私としては、毎日、湯船に浸かれる事の方が、ミラクルですね。はい。

午後は、ピックアップトラックに乗って、湖畔の村サンタ・カタリーナ・パロポへ。
この、ピックアップトラックに乗って移動なんて、本当に久しぶりだったらしく、
はしゃいでおりました。
湖の方と、村のほうを歩いたんだけど、酔っ払いが沢山いたことに、私もびっくりした。
でも、こんな村も、あるんだよー、ということを、少しでも紹介できてよかったと思う。

夜は、観光街パナハッチェルでゆっくり。
でも、この町は標高1500メートルで、普段はとてもいい気候なんだけど、
今日は、風が強く吹いていて、とても寒かった・・・。
ここで泊まったホテル、結構、いいホテルだったんだけど、
なんと、湯船に水をためたら、水の色が、黄色だった・・・。
もしかしたら、湖の水をくみ上げて、浄化していない???そんな疑問が・・・。
あの、ハリケーン後の湖の汚染状況を見てきた一人として、ぞっとした。
これで料理をしたら・・・??
この水が、体を汚染したら・・・??

いやいや、この県で、環境教育を広める活動をすると言っても、
まだまだ、課題は多いなと思った。そして、水は本当に大事だと思ったのでした。


この続きは、また明日。
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by fujika0316 | 2006-12-07 02:29 | グアテマラ


メキシコの、街角で



グアナファトから帰ってきた日、市場で買い物をした。
その市場から、少し遠くの地下鉄の駅まで、散歩がてら歩くことにした。

道を歩く人々、屋台でタコスを食べる人。
なぜだか、急いで歩いている人、 本当に、都会だなと思う。
大通りに面した公園に着き、のんびりと歩く。
日が暮れ始め、車のライトがぽつぽつとつき始める。
先に見える高層ビル群も、光り始める。


なんだか、自分が、どこにいるのか一瞬わからなくなる。


その時、「じゃらーーーん」との、激しい音とともに、きらきらと光るものが舞った。

映画のように、美しく舞ったのは、大量の、本当に大量の小銭だった。
道路を渡り、近づくと、おじさんと若い女の子が、一瞬立ち止まり、
  お金を拾い始めた。

でも、ここは大都会の大通り。
車は容赦なくやってくる。
私も、手伝い始める。
車に乗っている人たちから、私たちは、どんな風に見えるんだろうと思いながら、拾う。
おじさんが、「信じられない」「信じられない」と言いながら、拾う。
私も、そりゃ、「信じられない」よね。と思う。


格好、様子から言って、二人は、新聞を道で売って生活しているのだろう。
小銭たちは、日本円で、10円、5円、20円といったものばかり。
たまに、100円ぐらいの硬貨もある。
これらは、彼らの今日一日分の、稼ぎなのだろう。
それは「信じられない」よね。

おじさんと、若い女の子と、アジア人の女の子が、道で小銭を拾う。
きっと、不思議な光景だっただろう。
しばらくすると、道ゆく人が、手伝い始めた。
車の交通整理を手伝う人も。

約8割拾い終わり、残りは、車の通りの激しい場所のみとなった頃、
どこから駆けつけたのか、おまわりさんが、交通整理を始めた。
車の通りより、小銭を拾うほうが優先なんて・・・。
そんな、人間くささが、私は好きだ。

拾い終わり、皆が帰り始めると、女の子が、近づいてきた。
「ありがとう」と満面の笑顔とともに、その手には、あふれんばかりの小銭が。
私は、「いらないよ、ありがとう」と笑顔で返した。
女の子は「どこから来たの??」
「日本だよ。グアテマラで、ボランティアとして働いているんだよ」
「日本に行くには、どのくらいお金がかかるの??私も行きたいなー」
「そうだね、沢山お金がかかるよ。いつか、行けたらいいね。」

そして、「気をつけてね」と言って、歩き始めた。

すると、おじさんが、走って追いかけてきて、新聞をくれた。
きっと、今日の売れ残りなのだろう。
私は新聞なら、と思って「ありがとう」と言って受け取った。
おじさんも、満面の笑顔と「ありがとう」との言葉をくれた。

こんなに、真心のこもった「ありがとう」を受け取って、
気持ちも、落ち着いてきた。
久しぶりの大都会、メキシコシティの中で、地下鉄の便利さに感動もしたけど、
あふれている人間の数や、満員の地下鉄、渋滞する車両に疲れていた。

そんななか、こんな、場面に出会い、不思議な経験をして、
「ありがとう」との言葉がもらえたことが、なんだか、心に染みた。
都会と言う、無機質な場所だからこそ、ひとつの小さな人間的な出会いが、
光を持つのだろう。

あのおじさんと、女の子も、幸せでありますように・・・。
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by fujika0316 | 2006-12-01 07:45 | 近況

    

世界一美しいといわれているアティトラン湖を擁する、グアテマラのソロラ県で環境教育の活動をしています。思ったことを、素直に・・・
by fujika0316
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駒ヶ根訓練所での訓練の様子からかいているので、時間があったら、遊びに行ってやってくださいな!!
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