空ノウタ


カテゴリ:グアテマラ( 44 )



日本 VS グアテマラ

現在、大阪で、日本 VS グアテマラ のサッカーの試合をしています。

前半が終わって、今、2-1 ですよーー。

森本が活躍していますよーー!!
グアテマラの方は、10番のマリオさんが入れましたよーー


でも、選手の様子を見てると、緊張しているのが伝わってくるよー


プレンサ リブレ っていうグアテマラの新聞をネットでちょこっとみたら、
グアテマラは、まだ、ワールドカップに出たことがないから、
もっと、今の状態を脱して、攻撃的になったり、速くなったりと、
変わりたいんだって!!

きっと、今回、ホンジュラスがワールドカップに行ったので刺激を受けたのでしょう。。


ところで、アナウンサーの方、「グアテマラ」って言いにくそう。
「ガテマラ」と言ってしまわないところをみると、
打ち合わせとかしたんだろうなー

でも、言いにくそう。

今日の試合を通して、また、何人かの人が
「グアテマラ」って、国があるんだなー とか、
「グアテマラ」って、どこだろう? とか、

興味を持ってくれたら、ちょっと嬉しいかも。

明日、学校でサッカー部の子に話しかけてみようっと。
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by fujika0316 | 2010-09-07 20:43 | グアテマラ


かわいくないほうがいい。

どうもどうも。
最近、どんどん寒くなっていきますねーー。
昨日自転車に乗ったら、寒さで耳と頭が痛くなったよ。
2年ぶりの冬。  あー、タイが恋しい・・・。

今日は、小さいネタを。

今回、グアテマラで無くした物が、盗まれたものが一つだけある。

さあ、それは何でしょう!!??


なーんて。  正解は、

都会の街中を歩いているゾウさんと、キリンさんのお尻が写っているモノクロの写真
が表紙のノートです。
ちなみに、表紙の肌触りもいいです(笑)

今年の4月。修士論文の気合を入れるために何冊かノートを買った。
やる気を出すために、ちょっと奮発して、ポケットのついている緑色のノートと、
その、ゾウさんと、キリンさんのモノクロの写真が表紙のノートを買った。
結構かわいくて、お気に入りだった。
アイディアをメモしたり、アドバイスを書き込んだり、読んだ文献の内容を書いたり・・・。

そして、グアテマラへ、その2冊のノートとフィールドワーク用のノートを持っていった。
ソロラについて、教育省の事務所に行った日、そのゾウさんのノートを見たグアテマラ人に、「かわいいねーー」 ってほめてもらった。
そして、事務所二日目。
ソロラの地図を発見したので、許可を取ってコピーして。
他にも、受け取るはずの書類があったので、いろいろ、ごちゃごちゃ動いていた。
そして、ふと気付いた時に、
あ、ゾウさんのノートがない!!!!
一応、ノートの最後の記憶をたどってみたり、その日立ち寄った場所をもう一度通ったりしたんだけど、結局見つからなかったよーーー。
たぶん、何かをしているときに、ノートを誰他の机の上においたままにしちゃったんだね。
ノート自体はそんなに高価なものじゃないから、なくなってもいいんだけど、
中に書いてある情報がーー!!!
メモがーー!!
ほとんど日本語で書いてあるから、グアテマラ人、意味わからないと思うけど。
いろんな走り書きもある。

なんか、ノートを持って行っちゃったグアテマラ人が自分の中で所有するだけならいいけど、どこかでハプニングが起きて、どこかの日本人に読まれちゃったら恥ずかしいなー。。

ノート、盗んでもいいけど、書いてあるページだけ置いていって欲しかったなー
なーんて、願いは届きませんねー

やっぱり、グアテマラでは、常に無くしてもいいものだけ持ち歩きましょう。
ちょっと、かわいい物も、かわいい人も、狙われますよー なーんて☆
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by fujika0316 | 2009-11-14 09:48 | グアテマラ


最後に出会った人

10月16日

10月も半ばになりました。
気候的にも本当に過ごしやすくて、毎日があっという間に過ぎていきます。
今日は、Sololaでの最後の一日について書きたいと思います。

10月1日(金) 最後に出会った人

月曜日にお腹を壊してから、2日間家で休んで、いよいよ今日がSololaでの最後の一日になります。もう、今日を逃したら学校へ行けなくなってしまう。
朝からどきどきだったけど、無事に家を出ることができました。
今日は、「こどもの日」なんだけど、とりあえず行ってみることにしました。

船に乗って湖の反対側の村へ。
なかなか人が集まらず、出発まで時間がかかったけど、ちゃんと着きました。
その地域の教育視学官に電話したけどつながらなかったので、直接事務所へ行くことに。
昔の記憶をたどりながら、事務所まで歩いていきました。(ここは道が狭いところもあるので、トゥクトゥクが通らない道もあるのです)
ここの担当のおじさんは、今年から変更になって、昔ソロラ市を担当していた人が異動してきていました。その新しいおじさんはとてもいい人で、協力隊のときからお世話になっていました。ここに来てからもメールや電話で連絡を取っていました!!

事務所に着くと、おじさんが!!
2年前と比べてちょっと太っていました!!でも、雰囲気は変わらなくて、とても優しいおじさんでした。
「昨日はごめんね、月曜日からお腹を壊していて、家を一回出たんだけどお腹が痛くてもう一度家に帰ってしまったの。」と話すと。

「そっかそっか、大丈夫だった?大変だったね。 でもね、今日は、ちょっと問題が・・」
と。
そうです。やっぱり、今日はこどもの日なので、学校の先生と子どもたちがみんなで遠足に行っていて学校にいないと言うことなのです。

ちょっと、それは想像していたことだったので、もう、予定を変更しようと思って、「わかった。じゃ、また明日来るよ!」と言うと、

「大丈夫、大丈夫、ちょっと待っててくれ!!」 ということで、校長先生に電話を掛けてくれました。
何度か電話を掛けてくれた後にやっとつながり、「湖のビーチにいるそうだよ!!」となり、
バイクに乗せて連れて行ってくれました。

町から湖沿いにしばらく走ったところに、一軒の家が。そこに6年生らしき男の子が迎えに来てくれていました。
そこで降りて、庭に入って降りていくと、子どもたちのはしゃぐ声が聞こえてきました。
そう、校長先生の人脈でこの場所を知り、そこに学校を挙げて遠足に来て、みんな湖で泳いでいたのです。

でも、そんな中先生たちと話すのは申し訳ないと思い、最初に校長先生がアテンドしてくれた時に、終わるまで待ってるよ! と伝えたんだけど、大丈夫!! と言って、2人ずつの先生たちと順番に話すことになりました。

先生たちの話としては、この地域は、観光の地域で、小学校を働いた後にレストランの皿洗いやウエイターとして働く子どもたちも多い。そんな子どもたちが働くためには絶対スペイン語が必要だから、学校ではスペイン語を学ぶことがすごく大事だと言うことでした。コミュニティーと言うか、保護者たちも、子どもたちにはスペイン語で着れば英語を勉強して欲しいと思っているそうです。
そして、マヤの言語はやっぱり話すことはできても、読み書きが苦手なので、その辺りを重点的に教えるようにしていること。教材が少ないこと。等がありました。

一人終わるたびに、ほっとしながら、いよいよ最後の先生になりました。
40代の男の先生です。一通り、アンケートを書いてもらった後に、
「本当に、こんな、みんながアクティビティーで着ているときにごめんなさい」と言うと。
「そうだね。ちょっと、今日はこういうことをするのにふさわしくない。」と言われたので、
お腹を壊したこと、明日、首都に行かなければならないこと等々を伝えて、
もう一度謝りました。
自分でもわかっていたけど、申し訳なかったです。
やっぱり、首都に行く日程をずらしてでも一日ずらせばよかったと思いながら。
でも、自分の体も限界に近くて、月曜日の夜からほとんど固形物を食べられず、お茶と蜂蜜でエネルギーを補給していた状態だったので、首都で病院にも行きたかったのです。

最後に、どーんと落ち、村の中心地へ戻り、もう一つの村によって、もう一度、町へ帰る船を待っていました。
でも、やっぱり、9個の学校を何とか回りきれたことで安心感はあったし、
日本に帰れる嬉しさもありました。

そして、船の出発まで人が集まるまでしばらく待つこと15分ほど。
いよいよ、船が出るかーー ってなったときに、4人ほどの団体が来ました。

その中の一人に、なんと、4年ぶりの再会した人がいたのです。

それは、2005年の10月のハリケーンが来た後に、あるNGOと被災地を巡回していました。
その時に途中から合流した、お医者さんだったのです。おお!!と思って、
http://white.ap.teacup.com/applet/fujika0316/20051014/archive

「お医者さん!」と声を掛けると、一瞬、「ん??」って顔をされて、
「あの時、ハリケーン「スタン」のときに、一緒に村を回った人だよ!!」と言うと、
「あーーあーー!!」 と思い出してくれました。

そのまま、一緒に船に乗って、パナハッチェルという町へ。
同じ地域に住んでいたのに、実は、そのハリケーンの時に出会ってからは、
2年間、一度も会わないまま私は日本に帰りました。
そして、更に2年経って、こんな、湖の上で再会するなんて!!!!

「あの時は、本当に辛い経験だったね。」と言われたので、
「私にとっても、とてもハードな経験だったよ」 と話しながら、
それからの4年間や、なぜ、今、グアテマラに来ているかについて話をしました。
今、二言語教育について調査しているんだよ。と話すと、
「そうだね、二言語教育も大事だけど、子どもの健康状態はその基礎となるくらい大事だよ。ソロラ県は、グアテマラの中でも、子どもの栄養状態が悪い地域なんだ。県全体の70%以下の子どもたちが、標準以下の体重なんだよ。その状態で、本当に教育を受けられると思う? 
2008年のセンサスがあるから、今度メールで送るね。」
「今年は、グアテマラでは雨が降らなかった。すでに、東の地域では、子どもたちが餓死している。主食であるとうもろこしやフリホーレスの値段は上がり、来年はもっと厳しい状態になるだろう。」
「それに、若者が学校を卒業しても、仕事がないんだ。本当に、仕事があると言うだけで、働く機会があると言うだけで、幸せなんだよ。」
等々と、いろんな話をしてくれました。

実は、その間、湖のど真ん中で、船が故障し!!!!!
約20分、漂っていました。
いろんなハプニングは、重なるものですねーー
湖に落ちてもいいけど、今日のアンケートだけはなんとしても守りたい!!と思いつつ、
でも、おかげで、お医者さんともいろんな話ができました。

湖の、本当にど真ん中の船の上で、4年ぶりに、自分にとってショックだった経験を一緒にシェアしたお医者さんと話していることに、不思議な縁を感じずに入られませんでした。
お腹壊さなかったら、今日、この村に来ていなかった。
もしかして、この人にこの時に、出会うために、お腹を壊したのか??
いやいや、そんなことはないはず。 それにしても、いつも体を張っている(笑)
と、自問自答しつつ、
ま、こうなったことが、全て事実であり、真実なのです。
だから、人生って不思議なのであり、面白いのかもしれない。

その後、部屋に戻り、お昼を食べた後、またソロラ市へ戻って最後の挨拶をしよう!
と思ったのですが、
ご飯というか、野菜のスープを食べた後、また、気持ち悪くなってしまい、しばらく休んで、最後の気力でバスに乗って、ソロラ市のいろんな人を回ってきました。

そして、最後の最後に、パナに戻ってきて、ある人に挨拶に行ったときの経験。
これを書くと、また長くなるので、またいつか書こうと思います。
でも、それも、自分の気持ちを見つめなおす上で、とても貴重な経験になりました。

次の日は、結局公共のバスには乗れず、旅行会社のバスに乗って首都へ。
そのまま病院に直行して、点滴のお世話になり、
次の日に退院して、日曜日に、グアテマラを出発したのでした。

次からは、また、日本での最近の日記になると思いまーす。
めちゃめちゃ長かったグアテマラ調査日記、読んでくださった方、本当にありがとうございました!!
この日記を書きながら、結局、自分が考えていることを整理したり、あった出来事を記録したりして、一番利用しているのは私だと思います。
今、日本で読み返してみても、書き残しておいて良かった。うん。
私は、元気です!!!
最後、ちゃんと、修士論文としてまとめたいと思います。
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by fujika0316 | 2009-10-16 12:43 | グアテマラ


10月5日 シカゴにて。

今、シカゴの空港に来ています。
シカゴの空港は本当に大きくて、大きくて、大きいです。
アメリカは何もかもが大きいね!!
実は、最後の月曜日にSantiago Atitlan と言う町に行ったときに、午前と午後に小学校を訪問したので、お昼を町の食堂で食べたんだけど、それがあたってしまって・・。
その日の夕方、家に帰って、シャワーを浴びたら、吐き気がして、その後、下痢と吐き気の繰り返し。金曜日まで、ほとんど何も食べられなくて。。。
でも、木曜日に最後の小学校の先生たちに会いに行って、調査を無事!???に終えました。インタビューをいくつかと、アンケートをTotal 109回収することができました。
これからが大変なんだけどね。

最後、火曜日と水曜日、一日ベットの中で、「後、一校、、、 あと、一校、、、」とうなされていたよ。。。本当に、汗と涙の調査データになりました。死んでも、他のもの盗まれても、これだけは日本に持って帰りたい・・・・・。
あ、グアテマラでは、無事に盗難にも、強盗にもあわずに終えることができたよ。

そして、金曜日に首都に来て、そのまま病院へ直行。
検査と点滴のために一日入院しました。
発展途上国4回目の入院です。全然自慢になってない。
今まで、自分の健康に自信があったんだけど、その自信は返上しようと思います。
一人で、苦しくて、家族や友達の大切さも実感しました。
やっぱり、自分は途上国で独りで生きていけないと思います。。
やせたと言うか、やつれました。でも、大事なこともいろいろわかりました。
ひょんな出会いもありました。
ご飯の大切さをまた、実感しました。早く日本に帰って、おいしいご飯食べたい。。

でも、最後は、首都の友達と再会したりして、元気に出発しました。
後もう少しで日本。
最後、北京の空港で乗り換えのときに一時間半しかないのが非常に心配なのですが。。
滑り込んででも、飛行機に乗って日本に帰ります。
きっと、次に更新するときは、日本だね!!
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by fujika0316 | 2009-10-07 09:36 | グアテマラ


26日 自然、出会い、再会

今日は、友達が午後から湖の反対側の村に行くので、
午前中は、ピックアップトラックでいける村を観光することに。

雨季だけど、午前中は晴れています。
ピックアップトラックに乗って出発して、パナハッチェルの町を抜けると、山沿いを走りながら、2つの村へ行けます。
一つは、サンタ カタリーナ パロポ と言う村で、
もう一つは サン アントニオ パロポ と言います。

ピックアップトラックの荷台に乗って、湖を見ながら、山のにおいを感じながら最初に遠いほうの村、サン アントニオへ。

2年振りなのに、懐かしい感じというよりも、続きと言う感じです。
2年前と変わっているのは、私の年だけだったりしてね。
村について、ちょっと市場を見た後に、探検しました。
この村は崖になっているところにも沢山の家が建っていて、その間を縫うように道があるので、道を歩くだけで、探検している気持ちになる。

出会う人で会う人に挨拶しながら歩いていくと、上から声が。
見上げると、おばちゃんが笑っていました。
どこから来たの?何しているの?と話していると、織物見る?と言うようなことを聞かれたので、見ていいの?っていうと、いいよ!!と言うので、見せてもらいました。
はたおり機があって、おばちゃんが見せてくれました。
やってみたい!!と言うと、いいよって言ってくれたので、試しにやってみました。
すごく不器用で、びびりながら、布の品質が悪くなったら申し訳ないので写真だけとってすぐにやめました。

2年前に訪ねたときは、ちょっと閉鎖的な雰囲気を感じていたけど、今回は女の子二人だったからか、みんな笑顔で挨拶してくれたよ。それが、すごく嬉しかった。

時間も迫ってきたので、次の村に行って、桟橋まで歩いて、パナハッチェルまで戻る。
最後は、親切なおじさんがトラックに乗せてくれました。
そのおじさんは、子どもたちや先生たちと、環境や文化の活動をしているんだよ。
というような話をしてくれました。

そして、パナハッチェルでクロスロードと言うカフェへ。
彼女のリクエストで、私も行きたかったんだけど、毎日疲れていて、なかなか行けなかったのが、やっと行けました。
ここは、おじさんが1から手作りしたカフェなんだけど、すごくおいしくて、2年前と変わっていなくって、とても落ち着きました。おじさんも、顔を覚えてくれてて、いろんなものを見せてくれました。
そんな懐かしい雰囲気のなか、ここにいるのも、後一週間弱になってしまったことに気づき、もっと早くくればよかったと思うのでした。本当に時間が過ぎるの早いよーー

日曜日には、グアテマラ同期隊員で、今、グアテマラで働いている友達が泊まりに来てくれます。懐かしい再会を楽しみにしながら、これまでの情報を整理しつつ、最後の一週間を乗り切る元気を溜めようと思います!!
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by fujika0316 | 2009-09-28 06:18 | グアテマラ


9月25日 アベントゥーラな一日

いよいよ、金曜日。Nahuala市最後の小学校です。
この3日間、6時10分ごろ家を出て、30分発のバスに乗っていたんだけど、そのバスとも今日でお別れです。運転手さんも、お金を集めるおじさんも、最後は笑顔で挨拶してくれました。

Nahuala市の中心地について、コミュニティに行くためのトゥクトゥクを探す。このコミュニティは山の上にあるので、公共のミニバスも、ピックアップトラックも走っていないのです。
トゥクトゥクは3輪バイクで後ろに座席がついているものです。
てくてく歩いていたら、誰も乗っていないトゥクトゥクがあったので、10Q(130円くらい)で乗せてもらうことにしました。
お兄ちゃんは、どこから来たのか、自分も日本に行きたい。と言ったので、奨学金を取ったら??みたいな話をしながら、ものすごい山道を登りながら10分くらいで学校に着きました。

そして、学校に向けて歩き出し、帽子をかぶろうと思ったら、、、、

ない!!!

そうだ!!トゥくトゥクに忘れてきたんだ!! と気づき、振り向いても、そこにはトゥクトゥクはもういない。。。もう、帰ってしまったのです!!

この日、私は貴重品は斜め掛けのバックに入れて、アンケートや水、お土産や防止を手提げバックに入れていたのですが、トゥクトゥクに乗ったときに、あまりの山道で落ちたら困ると思って後ろの棚に置いたのですが、そのまま忘れて降りてしまったのです。

ま、とりあえず、中心地まで戻るしかない!!と思って、急いで歩いて山を下りました。
もし、バックが見つからなくても、メモリースティックにアンケートのファイルがあるから中心地で印刷とコピーをもう一回して戻ればいいや!!と思いながら、見つかるように心で祈りながら山を下る。

でも、山道ですれ違う人は私を見て笑い出す。
そうよね、こんな山の中で、チニータ(アジア系の顔をした女の子)が急いで山を下っていったら、誰も面白いと思うよねー。まるでマンガみたい。と思いながら下る。

トゥクトゥクでの記憶をたどると、赤いボディで、屋根の色は覚えていなくて、お兄ちゃんが黄色い上着を着ていたことくらい。。。ま、そんな貴重品も入っていないから黄色いお兄ちゃんが見つかれば大丈夫だろう。と思いつつ、最後、町に向かって坂を上っていたときに、目の前を黄色い服を着たトゥクトゥクが、町から村のほうへ走り去っていったのです。もしかしたらあれかもしれないし、違うかもしれない。屋根を見たら黒と黄色のカバーでした。きっと、お兄ちゃんは黄色が好きなんだ。と思いつつ、、
ここまで来たらマンガだわ。と思って、戻ってくるのを待つことにしました。
どきどきしながら、待つこと10分。戻ってきました!!そしたら、やっぱり、そのお兄ちゃんで、バック、忘れてるよーと言って、渡してくれて、また去っていきました。
無事に、アンケートも、お土産も、帽子も戻ってきて出直しです。
あぁ。本当に、忘れ物が多いと言うか、ちょっと気を抜くとなんかしでかすんだよね・・
すでに、これだけで一時間くらい経っちゃったけど、ま、しょうがないですね。

もう一度、小学校へ。
小学校へ近づくと、沢山のインディヘナのお母さんたちが学校の前に座っていて、なにやら不穏な雰囲気。ちょっと、どきどきしながら、学校に入ると、先生たちが中庭に集まっていました。
子どもたちは各教室で遊んでいる雰囲気です。
校長先生に、事情を話すと、校長室へ行こう!!大丈夫だから。ということで、
まずは校長先生と話すことにしました。
そしたら、この校長先生、実は、キチェ語の小学校の一年生用の教材を自分で作っていると言うのです。二言語教育に積極的に取り組んでる先生でした。コミュニティーのことも聞きながら、どうして、自分で教材を作ってまで取り組もうとしているのかを聞いたら、
最初は「キチェ語が好きだから」と言うことだったんだけど、もっと深く聞いていくうちに、いろいろ面白い話をしてくれました。
書くと長くなるから省略するけど、この先生が生まれる前におじいちゃんがお母さんに対して「あなたは、将来一人の息子を持つだろう。その子に○○と言う名前をつけなさい。その子には、これこれということを人生の中でして行くだろう。」と言われたそうです。
そして、お兄さんもいたんだけど、なぜか、この先生に○○と言う名前がつけられて、自分は、気づいてみたら、その言われた通りの人生を歩んできたんだよ。キチェ語の教育に貢献することは、その中の一つなのだそうです。
そして、キチェ語の教育だけじゃなくて、マヤの宇宙観やカレンダーについても、先生たちに聞かれたら教えてあげるそうです。そして、グアテマラ全国の二言語教育の講習会があるときには首都に呼ばれて話をしたり、マヤのお祈りをしたりするそうです。
そして、マヤのカレンダーで、今日は何の日か見てくれたら、Sabiduria(知識とか賢明さ)の日だそうです。ぴったりだねーーとか話しながら、子どもたちや教材についても話をしました。

そして、その後先生たちにアンケートを取ることに。
でも、教室を訪ねても、先生たちはいなくて、子どもたちは遊び回っています。
すると、じゃ、一人の先生を呼んで来るから!!といって、6年生の先生を呼んで来てくれました。
アンケートを書いてくれた後、隣に行っても誰もいない。
と言うことで、子どもたちと話していたら、また、校長先生が来て、こっちに先生たちが集まっているから、そこに来たらどうかと言ってくれて、台所まで行きました。
でも、そこに入ると、雰囲気が暗くて緊張しつつ、笑顔を作りつつ、なぜ自分が来たのか、アンケートをしたいことを伝えて、配っていきました。
でも、先生たちの表情は硬くって、アンケートを記入してもらっている間、胃が痛かったです。
ただでさえ、学校の先生って、自分が評価されるのって、そんなに好きじゃないと思う。教育って、口で言うほど簡単じゃないものだし、結果が出るまでに時間がかかるし、子どもの成長には学校だけでなく家庭環境も大きく影響している。グアテマラの先生たちも、自分の授業も試行錯誤しながらやっていると思うんだよね。そんなところに、へんな日本人の女の子が来て、調査したいって言われたら、やっぱり、嫌な気持ちがしてもしょうがないと思う。しかも、調べていくうちにわかったけど、二言語教育は、先生たちにとっても、痛い分野なんだよね。自分が話すことができても、教えることはとても難しい。そんなテーマについてのアンケートだって言われたら、嫌な気持ちがしてもしょうがない。私も、そんな先生たちの気持ちが想像つくだけに、自分も心が痛くなる。いっそのこと、自分が無神経な人になったほうが、人生楽なんじゃないかって思うこともしばしば。でも、やっぱり、相手の気持ちを考えちゃうんだよね。そう思う度に、この分野は自分は向いていないんじゃないかと思ってしまう。マヤのことや、マヤの人たちのこと、二言語教育のこと、内戦のこと、それらに触れたくなかったのは、それらの分野が繊細だから、そして奥が深いってことに気づいていたからだと思う。
でも、はじめちゃったし、ここまできたから、とりあえず、今回は最後まで頑張ろうと思う。

頑張って笑顔を作って、学校を後にする。
もう、コミュニティーの他の人たちを話す元気はなかったので、中心地に戻って、教育委員会の先生に挨拶してから、家へ戻ることにした。

うまい具合に、トゥクトゥクが見つかって、もう、歩いて山を降りなくてすんだ。
そして、教育委員会のところへ。
おじさんと話して、3日間のお礼を言って、教材の話や、教育の話をする。
すると、「最初の学校のサルバドールという先生とは話はできたか?」と聞かれる。
実は、この先生、2日前に学校に行ったときには丁度お休みを取っていて、アンケートも取れなかったし、話もできなかったのだ。それを言うと、「この先生は、自分で教材を作って出版もしているから、是非話をしたらいいよ。」と言われたので、最後にもう一回訪ねることにした。

教育委員会を出て、中心地の小学校へ。
校長先生に挨拶をして、その先生のクラスに行って、事情を話して、5分だけ話をしたいから、授業が終わるまで待ってるね。と言うと、ちょっと、不機嫌な顔をしながら、じゃ、子どもたちに課題を出すから、それからちょっとだけ話そう。と言われて外で待っていた。
すると、出てきてくれて、話を始める。
私が、そんなに悪い意図を持っていないってわかってくれたらしくて、途中から気持ちも変わったらしく、いろいろ話をしてくれた。そして、出版された本が欲しいって言うと、じゃ、授業が全部終わったら、家へ行こう!!と言ってくれたので、そうすることにした。外で待ちながら、話の内容をメモしていた。

そして、授業が終わって、先生が出てくる。
そのまま学校の外へ。4人の担当のクラスの二年生の女の子たちも途中まで一緒に帰る。みんな、先生が好きみたいで、すごくかわいかった。

そのままお家へ。そして、お昼ご飯も招待してくれました。
家族のこと、マヤの文化のこと、いろいろ、色ーーんなはなしが聞けて面白かったです。こんなことなら、協力隊のときから、もうちょっと興味持って見ておけばよかったと思ったのでした。

そして、家へ。今日は、Xelaという県の村で看護師さんとして働いている友達が遊びに来てくれる日なのです。
途中から雨が降ってきたので、彼女が雨にぬれないように!!と思いながら。
家に帰って、荷物を置いて、整理していたら、もうすぐ着きそうとの電話が。
そして、外に出ると、雨は一旦やんでくれました。

ソロラ市までバスで行って再会。豆乳アイスを食べ、いろんな話をしながら。家へ帰りました。もう、その日は雨も降ってきたので家でずっといろんな話をしていました。
彼女はマヤの村に住んでいて、マヤのお家にホームステイしているので、仕事の話も含め、すごく面白かったです。久しぶりに、ビールも飲んだよ。
グアテマラに来てから緊張のしっぱなしで、朝も早いから、ビール飲む気にもならなかったけど、学校の訪問も3分の2が終わり、一番大変な地域も今日で終わったのでちょっと、一安心です。

Adventure 。 
アドベンチャー 。

スペイン語で、Aventura (アベントゥーラ) と言います。
ちょっと、聞いた感じ、アドベンチャーよりも間抜けでしょ??(笑)

今日、一日は、Adventure と言うより、アベントゥーラな一日だったわ。
と、一日を振り返って、思い出し笑いするのでした。
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by fujika0316 | 2009-09-28 06:17 | グアテマラ


24日

今日は、Nahuala2つ目の学校へ。
昨日と同じバスに乗って、歩いて、町の中心地に着いたら、今日は市場の日だったので沢山の人でにぎわっていました。
今日は更にそこからミニバスに乗っていくんだけど、おかげで、すぐにバスに乗れました。
いわれた場所で降りたら、本当に山の中。
一体、どのくらい歩くんだろうと思ったら、5分くらいで学校が見えてきました。
良かったー。
そして、学校に着くと、幼稚園児くらいの女の子が4人くらい座っていて、校長室どこ?って聞いたら、こっちだよーって言って、両手を引いて二階まで案内してくれました。かわいかったー。
やっぱり、田舎の子の方がすれていなくて、素直でかわいいです。
校長先生は、5・6年生の担任の先生でもあるので、授業をしていました。
そして、おやつの時間に、先生たちに二言語教育のアンケートを取らせて欲しいんだーっていうと、「もちろんいいよ!!教室に入って、それまで授業を見てみる?」と言っていただいたので、授業を見ることにしました。

授業は理科の授業で五感と、その器官の衛生についてってことだったんだけど、
授業は、スペイン語とキチェ語の両方で行われていました。
後で先生と話していたんだけど、そっちのほうが、子どもたちの理解がいいんだ!ということでした。
その後、二言語教育や、コミュニティーについて話をしていたんだけど、
ここは、コミュニティーの人がほとんどスペイン語を話せないので、学校には、子どもたちにはキチェ語も教えて欲しいと言っているということでした。なかには、ほとんどスペイン語に触れずに人生を終える人もいるそうです。

ここは本当に山の中、とうもろこしを育てながら生活をしているのです。
だから、市場にも縁することのない人は、本当にスペイン語を使わない生活をしているそうです。だから、学校には、スペイン語も教えて欲しいけど、キチェ語も教えて欲しいと思っているそうです。

でも、中には小学校6年間、全部キチェ語の学校もあるけれど、そういう学校で学んだ子どもたちは、中学校に入ったら、恥ずかしがってスペイン語が上達しないと言っていました。だから、二言語教育が大事だと校長先生は思っているそうです。

あ、これが、Rural areaの保護者の考えなんだなーと、参考になりました。
今日は、3人の先生しかアンケートができなかったんだけど、昨日と違って、他の先生たちとも話しをすることができたので良かったです。

帰りのバスで、この地域の保護者と一緒になったので、話をしていたんだけど、
30代のお父さんは、自分はちょっと前に学校でスペイン語を習ったから話せるようになったけど、それまでは話せなかった。子どもたちには、学校で勉強してスペイン語を話せるようになって欲しいと言っていました。

最後に、市場でアボガドと、まきに火をつけるための木を買ったんだけど、
その木を買った後に、しわくちゃのおばあちゃんが私の手を握ってにこって笑ってくれました。日に焼けて、大分黒くなった私の手だけど、それでも、おばあちゃんたちに比べたら白くって、そんな手を握りたかったおばあちゃん。
子どもたちも、私の手をきれいって言って握ってきました。
ここは、寒い地域だけど、山の中で標高2000m以上もあるから、太陽の光が強くって、すぐに焼けてしまいます。そんな中で、みんな生きてるんだなーって思ったのでした。

後残り、4つの学校。あーー。あっという間。
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by fujika0316 | 2009-09-27 05:50 | グアテマラ


22日火曜日 サン・ルーカス・トリマン市の小学校



今日は、サン・ルーカス・トリマン市の小学校を訪ねてきました。
朝6時に家を出て、バスを2回乗り換えて、1時間半掛けて、湖の反対側までやってきたよ。バスの中ではお礼の鶴をひたすら折ってました。

ここは、隊員のときも、講習会でよく来た思い出のところ。
ちょっと早くついたので、公園の前のフレッシュオレンジジュース屋さんで、ジュースを飲みながら、売っているお姉ちゃんと話しをする。
彼女は、ウィピルというインディヘナの人たちが着る服を着ているんだけど、
なんと、カクチケル語を話せないそうで、どうして?って聞いたら、家ではカクチケル語を話してないし、学校でも習わなかったから。ということでした。
あー。って、今こうして思い出していると、もっと、聞きたかったことが出てくる。自分の甘さを感じつつ・・・。
そのまま、結婚観について聞いてみた。だって、違う言語同士の人が結婚したら、家の中では何の言語を話すんだろう??スペイン語?って言う疑問があるでしょ?
そしたら、別に自分の村にはこだわっていないし、ここに住み続けたいとも、他の町に行きたいとのこだわりもあるわけじゃない。いい人がいたら、結婚するよ。ということでした。

そして、8時近くなったので、教育委員会のおじさんの事務所に行って、秘書のビクトルに挨拶。ビクトルは、一緒に火山に登ったことのある、本当にいいおじさんで、懐かしい再会でした。また、次来たら、火山に登ろうね!!って言ってくれました。
そして、小学校へ。

まず、校長先生に挨拶。そして、そのまま紙を書いてもらって、アンケートにも答えてもらって、インタビューもしちゃいました。
校長先生の意見としては、
コミュニティーは、学校に対して、「スペイン語を教えてくれ」とも、「カクチケル(マヤの言語)を教えてくれ」とも要求するわけじゃなくて、学校を尊重してくれている。どちらかというと授業の内容は、学習指導要領に沿っている。ということでした。
後は、コミュニティと行うときのイベントについての話にもなりました。どんなことをしているのか、何の言語でしているのか、等々
それと、教育省の内容は、言語のみに集中しているけど、マヤの宇宙観とか、哲学とか、そういったことを教えていないから問題だと思う。それに、先生たち自身もどうやって教えていいのか、わかっていないんだ。ということでした。
後は、この8月に出たという、二言語教育に関する文書ももらうことができました!!

そして、この学校と、金曜日にいった学校との大きな違いは、「メスティソの先生がいる」ということでした。前の学校は、100%インディヘナの先生でした。そして、ここでの課題はメスティソの先生はマヤの言語を教えていないし、マヤの先生と授業を交換することもしていないということでした。
私の元カウンターパートとその旦那さんは、マヤの言語の授業のときは、インディヘナの先生と授業を交換しているとのことでしたが、ここではそういうことはしていないそうです。
その後、アンケートを配って回収したときの反応もそうだったんだけど、メスティソの先生は一貫して、「私は授業をしていないし、マヤの言語もわからないから!!」という人が多かったです。でも、そうだよね。。。そんな様子が見られて良かったです。

でも、ある先生が、授業を見てみたいかということで、3年生のクラスで授業を見せてくれました。なんか、最初にマヤの言語の歌をみんなで歌った後に、グレープフルーツみたいなのを作って、その中に「冠詞」と書いてあって、マヤの言語と、スペイン語の冠詞の違い、特にスペイン語の冠詞には、女性名詞用と男性名詞用があるんだけど、そのあたりの違いについて説明していました。

ついでに報告すると、最後にアンケートを書いてくれた先生が、私が隊員の時に始めた環境委員会で、今でも活動してくれているらしくて、覚えてるよーーって言ってくれたことがちょっと嬉しかったです。
もちろん、あの時にはじめたことで、残っていることは少しだろうとは思っていたけど、小さな種だったけど、でも、残っていることもあって、ちょっと嬉しかったです。

その後は、コミュニティの様子を観察しに一回り。
井戸端会議しているおばちゃんたちに挨拶したけど、会話には発展しなくって、
その後、赤ちゃんの手を引いていたお姉ちゃんと立ち話しました。
ここの主な経済はとうもろこしの生産と、コーヒー農場で働くことだそうです。コミュニティはみんなマヤの人だけど、サンルーカスの町にも近いからスペイン語に触れる機会もあるということでした。
小さいお店で、買い物をしつつ、会話を!!って思ったけど、あんまり、おねえちゃん、話してくれませんでした。
家は、大きい家もあれば、ぼろぼろの家もあって。
でも大きい家にはテレビなんかもありそうでした。

この辺の具体的は調査方法とかも、もっと勉強しとけばよかったーー。と思うのでした。

その後は、市場で天然の蜂蜜やら、カモミールやら、野菜やらを買って帰りました。


アンケートの結果まとめに、インタビューの文章起こしに、時間がいくらあっても足りないよう。
明日からは、いよいよ、Nahualaという、ちょっと閉鎖的な地域へ行きます、
緊張するーーー
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by fujika0316 | 2009-09-24 08:39 | グアテマラ


首都でのインタビュー(21日)


そして、月曜日、教育省の中にある、JICAの算数プロジェクトの事務所でインタビューしました。
最初の私の仮定が、コミュニティの意見や考え方によって、言語教育に特徴が現れるということだったんだけど、金曜日に、小学校を訪ねて話をしたり、アンケートの結果を見ていくうちに、実は、コミュニティよりも、日本で言うところの学習指導要領のほうが影響力を持っているのではないか?? ということ、
そして、マヤの言語自体が持っている特徴、つまり、
・会話が中心で、その言語を使っている人(大人)も、書いたり読んだりすることは少ない
・文法を、文法として、しっかり学んでいる人が少ないということ、
・子どもたちも、家で、会話には触れているけど、マヤ語での出版物が極端に少ないため、小学校に入って始めて文字に触れる子も多い。だから、小学校の低学年では、書くことが中心に勉強されている。

その辺りと学校教育についていろいろ聞いてみようと思って、質問リストを作りました。
でも、やっぱり、行く前は緊張したよーー

事務所につくと、前よりもすごく大きくなっていてすごいなって思いました。
そして、最初にその算数プロジェクトの担当の方とお話を。
平和協定のことから、その、学習指導要領ができるまでの話を中心に話してくれました。
そうするうちに、二言語教育の担当の方がこられてバトンタッチ。
二言語教育担当の方は、その方の卒業論文も二言語教育だったそうで、いろいろ熱く語ってくださいました。
言語自体が持っていること、
彼が受けてきた教育のこと、
今、取り組んでいることや先生たちが持っているであろう問題。
教育省としても、マヤの言語を話せる先生には、証書を渡して、その分給料もアップしているそうです。でも、もちろん、そのお金をもらっていても授業を実際にしていないこともあるんだけどね。後は、アイデンティティの話にもなりました。言語とアイデンティティはすごく関係があって、こちらのほうが深刻だっている話でした。

その方は、経済的に言語を学ぶことと、テストの結果や進学率、そのインパクト等を5年掛けて見たそうです。
そんな話を聞いていると、自分がやっている調査って、本当に卵というか、これで調査と呼んでいいのか・・・。と、すごく思ったよ。テストの結果も見たらいいよ!ってアドバイスもいただいたんだけど、テストの結果が出るのが10月末らしくて。。今回は手に入らなさそうです。
なんか、こうやって、首都に来てその道のエキスパート的な人と話していると、グアテマラ人で、その現地の言葉もわかる人が、現地に住みながらやる調査のほうが、よっぽど内容が深いものなんじゃないかと思いながら。。。なんか、いろいろ考えてしまいました。本当は、現地の大学とかにも行って情報を集めたほうがいいんだけど、、、1日まで小学校を訪ねて、2日に首都に移動というか引越ししなきゃだから、間に合うかどうか・・・。

でも、ここまで来ちゃったので、とにかく最後までやるしかないよねー。
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by fujika0316 | 2009-09-24 08:39 | グアテマラ


週末は(20日)


この週末は、日曜日に首都に行って、月曜日に教育省に行って、算数プロジェクトで働かれている方と、その方が紹介してくださった、二言語教育の方にインタビューしてきました☆

1週間ぶりに首都に行くのに、もっと時間が経ったような気がして、本当に早かった1週間だったなと思いながら。いつもお世話になっているところについたら、友達がアメリカにいる妹とスカイプをつなげてくれて、1時間も話してしまったよ。
みんな、みんな、いろいろ悩みながら、自分の場所で頑張って生きてるんだなって思ったよ。心から、妹のこと応援してます。大丈夫!!

グアテマラに来てというか、最初にカンボジアに行ったときから感じていること。
きっと、発展途上国と呼ばれる国に行ったことのある人も、ない人も、感じるであるだろうこと。
「どうして、自分は、自分という人間として、この時に、この場所に生まれてきたんだろう。どうして、生まれてきた場所や時間が違うだけで、こんなに人生が変わってしまうんだろう??ということ。」
やっぱり、今回も、自分は、大学院で学んでいるっていうだけで、本当に幸せなことなんだなって心から思ったよ。もちろん、お金はないし、大変なことも、苦労も沢山ある。でも、自分で、自分の人生を選んで、人に迷惑を掛けていないっていうだけで、やっぱり、それ自体贅沢なんだなって思った。
私が生まれた1982年あたりは、グアテマラで一番虐殺が行われていたとき。同じ日に、グアテマラに生まれていたら、私は、生きていないかもしれない。
2005年、協力隊でソロラに来て3ヶ月目の10月、ハリケーンで起きた土砂崩れで、一つの村が土砂の中に埋もれてしまった。そこで亡くなった何百人もの人たち。
1週間後、そこに自分が立って、本当にショックだった。何で、この人たちは亡くなって、自分は生きているんだろうって思った。

でも、自分は、自分として、1982年3月16日に日本に生まれた。そして、今も生きている。それが、最初の事実であり、真実なんだよね。だから、そこから出発して、自分として生きてくしかないと思うんだ。精一杯。それが、生きたくても、生きれなかった人の分も生きるってことなのかもしれない。
運命って、絶対にあると思う。ある意味、自分が自分に生まれたことを一種の運命と呼ぶのかもしれない。でも、その生まれた環境や状況に流されるんじゃなくて、それを使命に変えて、一生懸命前に進んでいくことが、人間にはできると思う。自分が成長した分、出会う人、気が合う人が変わっていく。そうやって、沢山のいろんなステキな人に出会って、刺激を受けていくことが人生を豊かにすることだと思う。
私が、幸せだなって思うことは、いろんなところで、世代を超えて、本当にステキだなって思える方々と出会えたことだと思う。そのチャンスを感謝に変えて、自分のエネルギーにしていきたい。

人と比べたり、他の人にあこがれたりしても、絶対にその人にはなれない。
自分として、背伸びせず、そのまんま、生きて、目の前の人や、周りの友達を大切にするしかできないんだよね。きっと。
だから、まずは、ここにいる10月4日までは精一杯できることをしようと思います。
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by fujika0316 | 2009-09-24 08:38 | グアテマラ

    

世界一美しいといわれているアティトラン湖を擁する、グアテマラのソロラ県で環境教育の活動をしています。思ったことを、素直に・・・
by fujika0316
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駒ヶ根訓練所での訓練の様子からかいているので、時間があったら、遊びに行ってやってくださいな!!
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