空ノウタ


2006年 08月 25日 ( 2 )



忘れられない光景


人は、毎日、生きながら沢山の景色や人、物を見ている。
見ながら、忘れていく。
次に、見つめなければいけない景色がまっているから。

でも、誰もがきっと、忘れられない光景を持っていると思う。
少しは色あせたとしても、少し線がぼやけたとしても、
直ぐに、心に浮かべることのできる光景。

物忘れはひどくて、記憶力は悪い、更に、ぼけている。
そんな、どうしようもない私でも、忘れられない光景をいくつか持っている。

一つは、カンボジアの3歳くらいのストリートチルドレン達が、
落ちていた食料を分け合っていた光景。

もう一つは、ある日、グアテマラのバスに乗ったときに、
おじさんがたーーーーっくさんの花を抱えていた光景。

そして、2000年、2月28日のあの日のこと。

他にもあげればいくつか出てくる。

要するに、忘れられない光景は、その場面の美しさと言うよりも、
自分の心が、どれだけ動いたかによっているんだと思う。

そして、昨日も、また一つ、忘れられない光景に出会ってしまった。


午前中の仕事が終わり、家に向かって一人で歩いていた。
いつもの道とは違う道を、いや、坂をゆっくり登っていく。
ふと、左斜め前を見ると、ホームレスのウィピルを着たおばちゃんがいた。
だぶん、アルコール依存症でもあると思う。
道の隅で寝ているのを、良く見かける。

彼女も歩いていた。
そして、立ち止まった。   ある店の前で。
そこには、ケースに入れられた、沢山のジュースの空き瓶が積まれていた。

何気なく見ていると、おばちゃんは立ち止まり、一つの瓶を持ち上げた。
そこには、コーラと言う黒い液体が入っていて、おばちゃんは一気に飲み始めた。

私は、その、予期していなかった行動に、すごく驚いたけど、
立ち止まるわけでもなく、    歩き続けた。
そして、おばちゃんを追い越し、一人、歩き続けた。。
頭の中では、いろんな事がぐるぐると回り始める。

何に、衝撃を受けたのかは、まだわからない。
きっと、そんな光景が、日常になってしまっている場所が、
この地球上のどこかにはあると思う。
おばちゃんにとっては、それは日常のことなのかもしれない。

でも、それは、
テレビと言う箱の中でもなく、
聞いた話でもなく、
自分の住んでいる、ソロラの町で起き、
何よりも、自分の目で見てしまった。

この、自分の目が、見て、その場所にいたことが、一つの意味を成していると思う。

もっと眼を開いてみよう。
まだ、私の知らない現実が、沢山あるのだから。
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by fujika0316 | 2006-08-25 22:30 | 近況


戦う人

今日は、文化紹介の打ち上げパーティーで熱く語ってくれたおじさんについて
話したいと思います。
おじさんは、娘さんと奥さんと一緒に松の木を提供してくれて、
1年後、「日本に行きたい」と強く思っている人です。
 
何がきっかけだったのか、残念ながら覚えていないけど、おじさんと村の話になった。

中南米、いや、アメリカ大陸にはもともと、住んでいた人たちがいた。
そこにヨーロッパから、様々な国の人たちが来て侵略していった。
そして、グアテマラも侵略された国の一つ。

侵略者達はこのアメリカ大陸に、子孫を残し、文化を浸透させ、言語を強制した。
もともと、この土地に住んでいた人たちは必死に抵抗し、逃れていった。山奥に。
より、アクセスが難しい場所へと。

500年以上経った今、その時の様子を直視することは、ない。
多くの人々は、スペイン語を公用語として選び、現代文明を受け入れ、
食生活も、日常生活にも変化が現れている。

インディヘナと呼ばれる人達が、グアテマラに存在している。
悪い意味でも、いい意味でも、彼らの習慣や伝統は、変わり始めている。
彼らは、彼らの言語を持ち、衣装を持ち、文化・伝統を持っている。

そして、1900年代後半、グアテマラで内戦・虐殺が始まった。
これまでの歴史の中でも十分すぎる弾圧を受けてきたのに、更なる弾圧が始まった。
多くの人が、仲間を裏切り、仲間に裏切られ、家族を失い、自分自身も失ったのだろう。
私が生まれた「1981年から、83年ごろの弾圧が一番ひどかったと」本で読んだことがある。
駒ヶ根時代、その本を読み、ショックを受けたことを覚えている。

そして、グアテマラに来て1年が過ぎた。
私は、何を見てきたのだろうか。
彼らの何を理解し、何を感じたのだろうか。

直ぐに、答えは、出ない。

そして、おじさんに出会った。
おじさんは、天然パーマの髪質を持ち、美しい緑色の目を持っている。
ご両親は、スペイン人なので、彼の血はある意味純粋なスペイン人。


彼は、戦い続けてきた人だ。

内戦時代、誰もが見捨てたインディヘナの村を歩き回り、彼らの現状を見てきた。
彼らの声を、その耳で聞いてきた。
彼らと一緒に泣き、笑い、生きてきた。

その歴史を、熱く語ってくれた。

「町の中心部で、彼らの悲惨な現状は、全く見えない。
町では、車が走り、沢山の店があり、沢山の人がいる。
でも、村は、すごくひどい状況なんだ。
飢餓で人が死んでいるんだよ。今も。このグアテマラで、飢餓で人が死んでいるんだよ。
今も。

でも、政府も、誰も、その現実に眼を向けようとしない。
だから、私は、個人的に彼らのために働いているんだよ。」

「村の人たちは、病気になっても病院に行かないんだよ。
まず、県の中心地まで来るお金がないし、来たとしても、
彼らは、マム語(マヤ言語の一つ)しか話せない。だから、診察をしてもらえないんだ。
だから、病気になっても、あきらめるしかないんだよ。

だから、私の夢は病院を作ることなんだ。マム語の。
アクセスの悪い地域の中のど真ん中に作って、みんなが病院に来やすいようにするんだ
医者も、看護婦も、もちろんマム語を話せる人たちで。

それが、私の夢なんだ。」

「侵略者達は、何もかも取り上げた。
中でも、一番悪いのは教育を取り上げたことだ(教育を与えないこと)
彼らはただでさえ、不便な土地に住み、大変な労働をしているのに、
教育まで取り上げたら、本当にかわいそうだ」

「自分は、スペインの血を持つ人間だけど、グアテマラを愛している。
マヤの文化を愛している。
インディヘナとか、メスチソとか関係なく、私たちは皆、マヤの人間なんだ」

ここでは書ききれないほど、本当にアツく熱く語ってくれた。

彼は昔、村のために一生懸命働いたお礼として、ウィピルと言う民族衣装を頂いたそうだ。
実は、一番最初の式典のとき、空手道場の生徒達が民族衣装を着てダンスを踊ってくれたのだが、その時、ひとりの男の人がいた。
それが、その大事な民族衣装を着たおじさんだったのだ。
私は納得し、とても感動した。

私が、「おじさんと一緒に村を見に行きたい」と言うと、本当に喜んでくれた。
この状況を、ひとりでも多くの人に、知ってもらいたいから。と。

ソロラという、グアテマラの中でも、インディヘナの人たちが多い県に住みながら、
私は、何を感じ、なにか、わかったことがあるのだろうか?
知りたいとの思いは強いものの、同僚もホームステイ先も、メスチソの人が多いので、
インディヘナの人たちへの悪口ばかりが耳に入ってくる。

でも、一年経ち、初めて、本気で戦っている人に会った。
この出会いから、私は多くのことを学びたい。何かをつかみたい。

彼は、仕事をしているとか、活動しているとかと言うオーラではなく、
戦っているという、オーラが出ている。
でも、同時に、にじみ出る優しさや、あたたかさも持っている。

一つの出会いが、人生を変えることがある。
知らなければならない現実、知りたい現実は、まだまだ沢山あるから。
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by fujika0316 | 2006-08-25 06:39 | グアテマラ

    

世界一美しいといわれているアティトラン湖を擁する、グアテマラのソロラ県で環境教育の活動をしています。思ったことを、素直に・・・
by fujika0316
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駒ヶ根訓練所での訓練の様子からかいているので、時間があったら、遊びに行ってやってくださいな!!
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