空ノウタ


何を見に来たの??

母親とのグアテマラ旅行の続きです。
ソロラ2日目、 火曜日。市場の日。

今日の予定は、市場の見学、私の配属先、教育省県事務所の見学、
そして、カウンターパートに、お家でのお昼ご飯を招待してもらったこと。
そして、午後からは、サンティアゴ・アティトランのハリケーンの被災地の見学。

と、行きたいところですが、環境系団体の会議が入る。
本当は、私がメキシコにいる間に、会議は開催されていたはずなんだけど・・・、
グアテマラに着いて、一番に連絡したら、日程を変更して私がいるときの開催に・・。
ま、しょうがない。大事なときですから。

朝一番に、母親と環境団体のAMSCLAEの事務所に。
私は、15分くらいで抜けようと思っていたけど、そうも行かず・・・。
結局、母親が、隅っこで本を読みながら待ち、話し合いは続く・・・。
その日は、Actといって、承認書??見たいな物を作成し、
皆でサインした。
これから、環境教育委員会は、正式に、委員会として活動を始めます。

それは、いいことなんだけど、待たせてごめんなさい・・・。
その後、市場を見学。
みんな、おばちゃんや子どもたちが地べたに座って、野菜や果物を売っている姿を見て、
またまた「戦後の日本みたい」を連発。

確かに、カンボジアに初めて行ったとき、「戦後の日本て、こんな感じだったのかなー??」
って、何度も思ったけど、実際に戦後の日本を見た人が言うと、説得力ある。
でも、私は、その人間くささ、人間の距離の近さがすきなんだけどね。

その後、事務所に行くが、おやつの時間でほとんどの人が出払っていた。ま、いいか。
裏の学校から、アティトラン湖を眺め、回り道をしてカウンターパートの家へ。
子どもたちの写真や、彼女の結婚式のアルバムを見て盛り上がる。
そしてご飯。
今日は、ウサギの肉のトマトソース煮込みと、ブロッコリーと、ご飯。
彼女のお兄さんは、動物屋さんをやっていて、ウサギを何百匹も飼っている。
そして、レストランから電話が入ると、絞めて、出荷するらしい。

以前、そのウサギの肉を料理して事務所に持ってきてくれた。
その時、ウサギ好きの私は、生きている可愛いウサギが頭に浮かんで、
食べる事ができず、半泣きになってしまった。
それを面白がって、私のお母さんにも、ウサギの肉を食べさせる!!!!
と、カウンターパートが張り切っていたのです。

結果は、ちょっと硬い牛肉みたいで、普通に食べました。
お母さんには、その日の夜まで内緒にしていました。
私は・・・・。ウサギと思わず、にく、にく、にく、と言い聞かせて食べました。
ああ。いい経験・・・。

そして、午後は船に乗って湖の反対側の街へ。
サンティアゴ・アティトラン
ここは、去年のハリケーンのときに、村が一つ、土砂崩れに埋もれた場所。
そこには、今、仮設住宅が建っているが、1年経っても出ることができない。

その現場を見てほしくて連れて行った。

ピックアップトラックの荷台に乗り、その村へ向かう。
着いたとき、風邪は強く、砂埃は舞っていた。
同じグアテマラでも、アンティグアやソロラと違う雰囲気の場所。

仮設住宅に向かって歩き始めると、母親に尋ねられた。
「何で、ここに来たの??」

確かに、わざわざ、飛行機に乗って地球の反対側に来たのに、
こんなに汚い場所を見に来る必要は、ないのかもしれない。

私は答えた。
「何を見に来たの??」

すると、お母さんは黙ってしまった。  ごめんなさい。
ちょっと、きつい言い方だったかな。

でも、それが私の本心。
確かに、グアテマラは、きれいな場所も、世界遺産もある。
民族衣装や、民芸品も、見所が沢山ある。

でも、観光としていい国だけだったら、
協力隊が、ボランティアとして働く必要がないのではないのだろうか?
この世の中は、この世界は、きれいなことだけじゃない。

汚いことも、矛盾も、不条理も、沢山ある。問題だって、沢山ある。

だから、ボランティアや、援助の存在があるんだと思う。
その汚い現実に、矛盾に、自分自身の矛盾から目をそらせたら、
本当に、何も見えなくなってしまう。
眼をそらせたって、生きてはいけるのだから。

私だって、この1年間、この村に何かできたのか?と問われれば、
「何もできていない」のだ。
でも、ここで、初めて死臭を嗅ぎ、心を痛め、多くのことを感じてきたのだ。
少なくとも、「忘れてはいない」

そんな場所だからこそ、母親にも知ってほしかった。
今でも、ひとりでも多くの人に、知ってほしいと思っている。
そこでも、生きている人がいるということを。

この場所は、命が狙われないだけ、まだましな場所かもしれない。
世界には、もっと危険な場所だって、沢山存在している。
そこでも、人が生きている。



その後、歩き始めて、仮設住宅を回る。
生きていた。沢山の家族が、人が、子ども達が。
最後、出口に近いところで呼び止められる。
ビーズのアクセサリー、キーホルダーを売っているのだ。

その時、初めて、仮設住宅の中に入らせてもらった。
約3畳程度の広さの部屋。
そこに、マットレスが積み重ねられ、洋服類がその上に重なっている。
なんと、そこに6人が生活しているというのだ。
1年以上も

色んな思いが交錯しながら、キーホルダーを4つ買った。
もちろん、言い値で。でも、市場よりも安い値段で。
その家族は、すごく嬉しそうにしていた・・・。

私は、忘れない。 一生。


その後、船でサン・ペドロと言う街へ。
本当は、その先のサン・マルコスと言う町まで行きたかったけど、船の関係で無理だった。
次の日は、朝日を見るのがメインです。

少し、いいホテルを取り、休む。
それから起き出して、アジア料理の店へ。
そこには、同期たちと何回か行った店で、
「こんなところで、こんな料理が食べられるなんて!!」という感動を味わえる。
もちろん、母親も、おいしいと言って喜んでくれた。

その日はゆっくり休み、次の日の朝日に向けて準備。

そう、グアテマラは、この週間寒波が来ていた。
パナハッチェルなんていつも暖かいのに、私たちがいたときは、とても寒かった。
もちろん、この、朝日を見た日も。
でも、ホテルのオーナーに言って、屋上の許可を取っていたので、
部屋から、布団と毛布と朝ごはんを持って、屋上へ。
いすがあったので、毛布を引いて布団にくるまって待っていた。
その意味では、この町の、このホテルで正解だったのかもしれない。

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結果の朝日の方は・・・。
サン・マルコスの方がきれいだったけど、朝日に照らされた湖は、 やっぱり、美しかった。

湖の移り変わり

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その後、ゆっくり散歩。
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パナハッチェルに帰ってから、買い物をして、首都へ。
次の日には、2家族と合流し、無事にメキシコへと旅立っていきました。

さて、ここで問題です。

最後は、感動の別れだったでしょうか?  そうでないでしょうか??

正解は、思ったより、感動ではありませんでした。
後、7ヵ月後にはまた会えるし、どちらかと言うと、肩の荷が下りて、ほっとした。
こう、危ない国で、誰かを守りながら、通訳しながら旅行するのは、
なかなか骨が折れるのです。

でも、地球の反対側から来てくれて、本当に良かった。
グアテマラを少しでも知ってもらえた事も良かったし、
久しぶりに、色んな話をゆっくりできたことも良かった。

なかなか、落ち着かない娘ですが、これからも、見守っていてください。
いつも、ありがとう。
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by fujika0316 | 2006-12-08 03:40 | グアテマラ

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世界一美しいといわれているアティトラン湖を擁する、グアテマラのソロラ県で環境教育の活動をしています。思ったことを、素直に・・・
by fujika0316
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