空ノウタ


教育について考える


学校にいて感じることは、先生達が意識している・していないに関わらず、
教育現場には“価値観”が存在しているということ。

例えば、最近、こんなことがあった。


私は、掃除の時間にある場所を担当していて、
生徒は、ある組から9人のメンバーが来て、一緒に掃除をする。
その中の一人の子は、ま、ついつい、ふざけてしまうんだよね。
そこで、
ある日、3年生が修学旅行でいなかったので、3年生の廊下を拭いてもらうことにした。

その時、その子は、雑巾を下において、足で踏んで拭き始めた。
それを見て、一応‘先生’として、「手で拭かなきゃだめだよ」と私は注意した。
すると、「だって、汚いんだもん」 と言ったので、
それを聞いて、“確かに。ま、それもそうだな”と思って、
ほっておくことにした。

しかーし、タイミングが悪いと言うか、いいというか、
その一部始終を見ていた先生に、
「ちゃんと、手で拭きなさい!! しっかりやるまで見ているから」と言って、
注意したんだよね。
その子が怒られている間、私も怒られている気分がしてたんだけどね。

これから、私が感じたのは、いろいろな先生の間では価値観というか、
評価の基準が違うんだよね。

「きれいになればいい」という私の考えもあれば、
「掃除は、ちゃんと正しい形でやる」という考えもある。
だって、その子が手で拭いていても、力を入れてなかったらなぞるだけできれいになっていないんだけど、それでも、手で拭いているから、足で拭くよりBetterなんだよね。

他にも、日本の「公教育」の現場にいて感じるのは、
“集団の秩序を大事にすること”
“決まりを守ること”
が、結構大事にされている価値観だと思う。
だから、“決まりを守れない(守らない)子”
“集団の秩序にはまらない子” 
は、怒られるし、守るように「教育しなければならない」と、
思われているし、そこにかける労力は大きくなっている。

他にも、授業においても、先生達の価値観というか、方針があるなぁ。
それによって、授業の流れ、生徒の反応に違いが出てくるなぁと感じる。

「公教育」と言うことは、やっぱり“公”の価値観や、秩序に合う教育をするってことで、
その“公”の価値観は国によって違うんだよね。
それを表しているのがカリキュラムなんだけど、
その、カリキュラムを教える授業の中には、秩序があって、
その秩序の中で、何に重点を置くのかは、先生によって違うんだよね、、


一方、私立学校というのは、
カリキュラムという、「学習内容」は、その国に従いながらも、
「教育方針」として、独自なものを掲げられることに、
一つの特徴と、可能性がある気がする。
ま、私立といっても、いろいろーーなものがあるんだけどね。

そんな、こんなを感じながら、教育についていろいろ考えつつ、
これからも、勉強しようと思います。

6月6日の佳き日に。
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by fujika0316 | 2010-06-06 23:40 | ひとりごと

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世界一美しいといわれているアティトラン湖を擁する、グアテマラのソロラ県で環境教育の活動をしています。思ったことを、素直に・・・
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